宮崎神青ブログ - 最新エントリー
去る平成25年8月27・28日に神道青年全国協議会夏期セミナーが東京都の神社本庁にて
開催されました。
神社本庁は東京都渋谷区代々木にあります。
学生時代に住んでいた場所なので、とても懐かしいです!
あ・・・ちなみにこの建物が神社本庁というわけではありませんよ!
さて、今回のテーマは 「真の皇室のお姿を拝して」
第一講 演題「天皇陛下の御日常」 講師 宮内庁式部官(儀式担当)飯塚秀行先生
第二講 演題「天皇皇后両陛下のお人柄と皇室のいい話」 講師 皇室ジャーナリスト 高清水有子先生
第三講 皇居拝観
の日程で行われました。
当県からは3名の出席。 於 皇居二重橋
思った以上に東京の暑さも和らいでおり、汗まみれにならずにすみました。
日常において、一般の人が皇室の存在を強く意識する機会はほとんどありません。
戦後教育を受けた世代は、天皇陛下をはじめ皇室の事、神話についてはほとんど学んでいないのが現状であり、この状況は現在でも変わっていません。このような世代が皇室の情報を得る機会はテレビや週刊誌が多いと思われます。しかし、メディアは恣意的に偏向された報道や一有名人の扱いのような不敬な報道ばかりが繰り返され、皇室について国民に正しく伝えられる機会は乏しいものです。
我が国は建国より二六七三年を経た世界最古の国。
皇室の歴史は日本の歴史そのものであり、国の根幹をなすべきものであります。
神職は皇室について、世に広く教化する役割もあると考えます。
皇室の教化について青森県神社庁の取り組みを聞きました。
地元テレビ局の毎週日曜日夕方の時間の放送枠を神社庁がスポンサーとなって確保し、高清水有子先生の番組である「今週の御皇室」を放送しているようです。
研修を終えて、我々青年神職は改めて皇室について知識を蓄える必要を感じました。
今後様々な媒体を活用して教化活動を展開しいくのは当然のことであるが、先ずは原点に立ち返って神職が言葉を発して教化に努めてまいりたいと思います。
(副会長)
宮内庁
皇居には申込をすれば、一般の方でも立ち入ることができ、外国の方も多く見受けられました。
各県で皇居勤労奉仕団の募集もあります。是非一度は行かれてみてはいかがでしょうか?
余談ですが・・・
羽田空港にて、せっかくの機会でしたので記念撮影・・・
いよいよ2020年オリンピックの開催地決定ですね!
東京招致の夢が叶いますよう心よりお祈り致します。
サーッ!!!
いよいよお白石持行事当日です!
予定通り午前6時半にホテルを出発、会場へと向かいました。
ホテルロビーには法被姿の人がうじゃうじゃ・・・
宿泊者のほとんどが行事に参加される方のようでした。
いよいよ始まりです!こちらを皆で引っ張り、内宮へ向かいます。
奉献するお白石は、紀伊山系の大台ヶ原を源とする宮川流域で拾われるそうです。
各町奉献団それぞれが、お白石実施年度の2~3年前より宮川に出向き、拾い集めて
準備をします。
団体ごとに引っ張る位置が決まっており、エンヤ!エンヤ!のかけ声で内宮へ。
奉仕者の一体感が心地良い!
普段は神主の装束を着て見守っている側ですので、法被を着て参加できたことは
非常に新鮮で楽しく、貴重な体験となりました。
ここからは、一人一人が白布にお白石を包み、御正宮へ。
石の種類は「石英系白石」。水晶のように少し透明感のある石肌です。
人人人人人・・・
建て替わった瑞々しい社殿。この状態を見るのは初めてです!
十数年前の学生時代の話になりますが、親不孝にも神主になる為の勉強はさせていただいるものの、
一生の職業にするかは悩んでいました。
そんな時に実習で初めて伊勢の神宮へ。
神域の空気、神楽、雅楽、そこで奉仕する神主さん、巫女さんをはじめ職員の方等々・・・
悩みは吹き飛びました!
「神主さんになろう!」
伊勢の地で決意をしました。
それからというもの伊勢の神宮は、畏れ多くも私の理想であり目標なのです。
平成26年3月までは旧神殿と新神殿が並び立っています。
伊勢の神宮の清々しさは言葉では言い表せません。
20年に一度の佳節ですので、是非一度お参りされてはいかがでしょうか?
また遷御の儀が、
内宮は10月2日
外宮は10月5日に斎行されます。
滞りなく斎行されますことを、心よりお祈り申し上げます。
去る8月8日~10日、第62回神宮式年遷宮「お白石持行事」(おしらいしもちぎょうじ)に
参加させていただきました。(式年遷宮についてはこちら)
お白石持ち行事???
伊勢の神宮へ行かれた方はご存知でしょうが、通常お参りする所から奥は
御垣内(みかきうち)と言われ、白い石が敷きつめられています。
この行事は、遷宮後は立ち入ることのできない新しいお社の敷地に、石を1人1個ずつ
奉献するもので、宮崎県からは約70名での奉仕となりました。
8月8日は8時45分に宮崎空港より中部国際空港へと出発。
到着後バスにて、浜参宮(はまさんぐう)の為に、三重県伊勢市二見町江に鎮座する
二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)へ。(神社についてはこちら)
古来は、伊勢神宮に参拝する前には二見浦で禊(みそぎ)を行うのが慣わしでした。
それに代わるものとして、二見興玉神社で無垢塩祓いを受けるようになったそうです。
下の写真のテントの中にあるのは、神主さんがお祓いする時に用いる「祓串(はらいぐし)」。
多くの神社では半紙ですが、こちらではなんと二見の海で採れる海草で奉製されています!
宮崎県だけではなく、全国各地より多くの方が全員同じ法被で参拝。
下手すれば迷子に(T_T)
境内の磯合には夫婦岩(めおといわ)。
天気が良い時には、岩の間から富士山が見えるそうですよ!
また境内にはカエルがたくさん。
ご祭神の猿田彦大神は天孫降臨の際に道案内を務められ、この神様の神使が
カエルとされていることに由来するそうです。
参拝を終えて、バスはホテルへ。
夕食時のビールも式年遷宮バージョン!
部屋からは花火が(^-^) こちらは式年遷宮とは無関係のようです。
さぁ!いよいよ翌日はお白石持行事!
午前6時30分出発とのこと(*_*)
就寝 zzz
次回へ続く・・・
「神道にお盆はないっちゃろ?」
なんて質問をされることがありますが。
いやいや何をおっしゃる・・・
神道にもお盆はあります!
仏教の盂蘭盆会からきたものだと考えられているようですが、
仏教渡来以前からの日本の伝統的な先祖まつりの行事と考えられます。
意味はもちろんご先祖さまをお祀りすることです。
昔は旧暦7月15日(満月)の日を中心としていましたが、
明治6年に太陽暦に変わってからは、新暦の7月15日に行う地方と、
月遅れの8月15日に行う地方があります。
ご先祖さまが、家の前で焚く「迎え火」を目印に帰ってこられ、「送り火」によって帰られます。
現在ではお盆休み!などと言われ、大型連休のような意味で捉えられている方も
いらっしゃるでしょうが、ご先祖さまが家族と一緒に過ごされる大切な時期なのです。
小さい頃から
「お盆に泳ぎに行ったら引きずり込まれるぞ!」
などとよく言われていました。
だから私はお盆の時期に泳ぎに行ったことは、一度たりともありません・・・
このようなお盆にまつわる言葉は多数あり、その意味も諸説あると思いますが
結局は「ご先祖さまがお帰りになっているので、黙って家にいなさい」
ということになるのでしょうか?
私個人の話になりますが、2月に大好きなばあちゃんが亡くなり、今年は初盆。
ばあちゃんは大阪に住んでおり、小さい頃より母に連れられ、夏休みには毎年のように
遊びに行ってました。
小学生も高学年になると、覚えて入る人は覚えているでしょうが
ANAの「ジュニアパイロット」でガキンチョ男兄弟3人のみで行っていました。
胸につけてくれるバッチが大変嬉しかったものです。
大阪と言っても和歌山県との県境の山の中・・・
地元の駅よりバス、電車を乗り継ぎ約2時間をかけてばあちゃんが伊丹空港まで
迎えにきてくれていました。
その後進学につれ、夏休みは勉強?、部活、遊びやらなんやら。
社会人になると更に足は遠のくと思いつつも、関西への出張の合間にちょくちょく会いに
いったものです。
またばあちゃんも宮崎まで遊びにきてくれていたので、
特に最近ばあちゃんにそっくりになってきた娘、
年を重ねるごとに肥えてきた生意気な孫、
男4人、女2人、まだ腹の中にいた1人のかわいらしい曾孫の
成長はちゃんと見守ってくれていたと思います。
ばあちゃんの死は、これまでの私の人生の中で最も身近な人の死でした。
生前の絆が深ければ深いほど悲しみは大きいものですが、死後も続くこの絆は
より深いものとなります。
今の自分があるのは、間違いなく父母、祖父母をはじめ多くのご先祖さまのおかげ。
そのようなことを今まで以上に強く感じたお盆となりました。
皆様はどのようなお盆を過ごされましたか?
お参りがまだの方は、是非ご先祖さまに手を合わせていただき、先ずは感謝の気持ちを
お伝え下さい・・・
大正2年7月、宮崎神宮は「宮崎宮」から「宮崎神宮」へとご改称となりました。
以来宮崎県民の厚い信仰に支えられ、平成25年でご改称百周年の節目の年を迎えました。
この佳節にあたり、宮崎神宮御改称百周年奉祝コンサートを下記により開催致します。
お誘い合わせの上、是非お越しになられて下さい。
記
主 催 記紀編さん1300年記念実行委員会
期 日 平成25年9月14日(土)
場 所 宮崎神宮ご社殿前
スケジュール 18:00 雅楽演奏、巫女舞
JC太鼓
19:00 井手綾香コンサート
20:30 終了
入場料 無料 ※但し事前の申込が必要になります。
申込期間 平成25年8月1日~平成25年9月6日
申込先 テレビ宮崎商事㈱内
宮崎神宮御改称百周年奉祝コンサート係
応募フォームはこちら
電話(0985)27-8831
夏によくされる質問があります。
「神主さん、その恰好暑くないんですか???」
はい!暑いです・・・
世の中にはクールビズというものがありますが、神主さんにはあまり関係ありません
(T_T)
一応は夏用の装束、白衣、襦袢、袴もあります。
普段に身につけるものは
①下着
②襦袢(じゅばん)
③白衣(はくい)
④帯(おび) ※これがなかなかの曲者です・・・
⑤袴(はかま)
⑥足袋(たび)
さらに祭典や祈願となると
①装束(しょうぞく)
②烏帽子(えぼし)または冠(かんむり)
が追加されます。
しかし!そんな神主さんにも暑さ対策のグッズがあるんです。
①籐(とう)の腕抜き
これを腕にはめると風通しも良くなり、涼しくなる!そうです。
②汗取りシート
神主さんがかぶる烏帽子のおでこの部分に装着します。
他にもあるのかもしれませんが、思い当たるところでこれぐらいです。
あと装束の色で、参拝者の方に与える印象がだいぶ違うものだと最近感じました。
理想としては、どんなに暑くても涼しい顔をして奉仕することなんですが、
いかんせん私は汗かきですので、非常に難しいです。
しかし神様に対するにあたって、正装であることは当然であり、これは神主に限らず
参拝者の方も同じことなのです。
たまに祈願を受けられる方で、Tシャツ、短パン、サンダルの方がおられます。
う~ん・・・
自分より目上の方に挨拶等に出向く時、そのような恰好で行かれますか?
簡単に言えばそういうことです!
日々のお参りなど神社に参拝される時は常にとは言いませんが、せめてご社殿にて
祈願を受けられる際には、是非ともお気を付け下さい。
まだまだ暑い日が続きますが、ご健康に十分にご留意されまして、日々お健やかに
お過ごしになられますようお祈り申し上げます。
(汗かき男)
女子神職の出産時の奮闘記です!
ちなみに陣痛編はこちら
それでは、出産編のはじまりはじまり・・・
心してお読みください
きれいごとでないありのままの出産記
出産は「そったく」(漢字がでません)である
出産のホイッスルを鳴らすのは赤ちゃん
お母さんとのタイミングが合わないとお産が進まない
「メス取って。会陰切開するね」
「痛かったら教えて麻酔するから」
(会陰切開・・・赤ちゃんが出てくるところを切開。
必要があるのにしないとあんなとこまで裂けたりなんだり・・・)
縦、横と切開。
私は陣痛の痛みと皮膚が伸びているからか痛くなかった
痛い人は痛い。
「う○ち出す感じ!う○ち出しても恥ずかしくないからがんばれー」
「ゔ~ん」
と今まで出したことのない声に、
冷静な自分が「変な声」と思う・・・
妹、到着
「あっ赤ちゃん産まれた!?」と妹の声
「私の声やが!」
「あははー ごっめーん」
・・・
パンっと音がして破水
羊水が飛んだ!
頭がでてきた!!(らしい・・・)
「最後思いっきりいきんで、せーのぉ」
ニュルッとした感覚
「元気な赤ちゃんですよ!」
「アッ赤ちゃん?」わたしの第一声。
母親教室でみたDVDの出産シーンはあんなに感動したのに
出産は、人それぞれ
スイカが出てくる、火の玉が出てくるかの如く痛い人もいる
わたしは、痛みより排便するようなすっきり爽快感が勝った。
そして後産(あとざん)後産
胎盤が出てくる
ここは安堵感からかあまり覚えていない
助産師さんがお腹おさえていたような???
出てこないと助産師さんが馬乗りになって、お腹を押さえたという話も聞く
宮崎県西都市の「児湯の池」
この池が児湯郡の地名になった。
ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの御子三神がこの地で産湯につかったとされる
分娩台の上で赤ちゃんを胸に抱く
いわゆるカンガルーケア
おっぱいを探して手足を動かす
不思議、ほんとにお腹の中にいたのかなぁ???
・・・あれ血液?
産湯につかると赤ちゃんの体温を下げてしまうのでふきあげるのだという。
とチクチクおしもを縫合中の先生と談笑
昭和30年代には女性の死因第一位は出産であった
出産は死と隣り合わせ
今は医療が発達しているので多くの命が助かっている。
出産は安全ではない。
だから多くの言い伝えがあり、妊婦さん、産褥期のお母さんを大事にしてきた。
祖母は陣痛が来て赤ちゃんがなかなか産まれなかった、
当時若かった産婆さんが促進剤を知っていたので、兄弟が隣町まで調達に行き
やっと生まれたという
そのままだったら母体もどうなったかわからない
もう60年も前の話である
私達はなんと恵まれた時代に出産できるか
促進剤はそこにある
普通分娩ができなければ帝王切開もできる
100%ではないが、”もしも”があったら対応できる
安心して出産できる
同じ出産でも国で違う
日本は世界でも産科はトップクラスだという
自然分娩が主流、産後のケアの充実、死亡率も少ない、費用の助成、
衛生環境も良い・・・
こんなに環境が整っている
ゆえに軽んじてはいないか。
人伝えですが
財は残すな子孫を残せと言った先輩の言葉が今も心に残っている
命名編へ続く・・・