宮崎神青ブログ - 最新エントリー
私が会長に就任した際に、とある方から少し高級なタバコをいただいた。
とは言っても、決して何千円もする代物ではない。
貧乏性な私はちびりちびりと吸っていたのだが、ある日
「最後の1本は会長の任を終えた時に吸おう」
何故か心にそう決めたのだ。
そしていよいよ任期最終日。
「総会挨拶」
私が当会第二十二代会長を仰せつかってより早二年。
御陰をもちまして任期最終日にあたる本日を、清々しく迎えることができました。
生まれながらの非才はおおうべくもなく、皆様方には多々ご迷惑をおかけし、
さらには当会の名を汚すことはあったかもしれませんが、次期へ襷を繋げるという最低限の
役目を果たすことができますこと、誠に有難く衷心より厚く御礼申し上げます。
神道青年会とは不思議な組織であります。
と、申しますのはこの二年間、会員の中で最も多くの時間を共に過ごしたであろう事務局長で
さえ、その日数は全体の一割程。役員ですらせいぜい月に一度二度、一般会員となると、
皆無に等しく顔を合わすことの方が珍しい組織であります。
では何故に戦後の混迷期にあって互いに連携して道を開かんとして結成され、再来年には
創立七十周年を迎える当会が、先輩諸賢の弛まぬ努力は言うまでもありませんが、何故に
現在まで継承されてきたのでしょうか。
昨年、「大東亜戦争終結七十年誌、守ルベキモノ、伝ユベキモノ」の発刊を致しました。
発刊にあたりましては、多くの会員が日々忙しい中におきまして、各地区慰霊碑に足を運び
調査、撮影、さらには地区遺族会関係者に直接話を聞いていただいたという発刊に至るまでの
過程こそが結果以上に非常に重要なものであったと考えたわけでございます。
ああ、なるほど。当会のつながりというのは、
同じ時間をどれくらい過ごしたかではなく、
時間軸の同異に拘わらず同じ目的を持った時間をどれくらい過ごしたか、
このことに尽きると思う次第でございます。
さらに、それを続けること。
私の大好きなサッカー選手、五十歳を迎えた今もなお、現役でプレーを続けるキング・カズこと
三浦知良選手。カズの代名詞の一つに挙げられるのが、カズダンス。このカズダンス、ただ
踊るだけはありません。ゴールを決めないと踊れないのです。
肉体的な衰えをものともせず、ひたすらにチームを勝利に導くゴールを追い続け、懸命に取り
組まれる姿に皆が感銘を受け、当初は、チャラチャラしている等の批判もあったダンスも、
会場が一体となった東日本大震災復興チャリティマッチでゴールを決めた後のダンスに
象徴されるように、今では多くの方に受け入れられ、
「何でもないことなのだが、続けてきて良かった」と仰っていました。
何においてもそうですが、目的や信念を持って事にあたり、それを継続することが非常に大切で
あり、それが如何に難しいことなのかと、この二年間で強く感じました。
さぁいよいよ会長以下役員も一新され、新しい二年間の始まりです。
卒会される方、新しく入会する方、役員になられる方、退く方、それぞれ立場は異なります。
最後までカズの話で申し訳ないのですが、一九九三年ドーハの悲劇を経験し、一九九八年
フランスワールド杯出場が叶うも、直前での代表落選。カズは自問自答したそうです。
「お前はここからどう生きるのか」
思えば「あの日からがサッカー人生の始まりだったかもしれない」と後に答えています。
私自身もそうですが、会員の皆様も、もしかしたら本当の意味での神主人生は未だ始まって
いないのかもしれません。各々が後に振り返って、あの時から始まったのだと実感できる年と
なりますよう、目的を持って毎日を大切にお過ごしいただければと思います。
最後になりますが、先ずは健康に十分ご留意いただき、皆様の今後の益々のご活躍を
心からご祈念申し上げます。
みんな!がんばれよ!
早口、小声、さらに滑舌もあまり良くない、最悪の三拍子が揃った私にとって、
挨拶という最難関をどうにか突破。
そして、予定されていた議案も滞りなく承認され、ついにお役御免となったのである。
引き続き、場所を変えて新体制主導のもと卒会者、新入会員を交えての懇親会も
盛大のうちに終了し、後輩と談笑しながら徒歩で家路へついた。
後輩と別れ、自宅の前であのタバコに火を付けた。
大きく吸い込み、我が家の庭で夜空を元気に泳ぐ鯉のぼりを見上げながら、
大きく煙を吐き出した。
ゴホゴホゴホッ???
やはりまだまだ頑張りが足りなかったか、もしくはただ単に飲み過ぎたか。
思い描いていた至福の一服とはいかなった・・・
前回の続き(前回はブログはこちら)
第一部に引き続き、「熊本の元気をみんなへ」をテーマとして復興イベントを開催致しました。
学校法人加寿美学園熊本中央高等学校
明治36(1903)年10月1日創立され、「良妻賢母」と創立100周年を契機に、男女共学とし「高志躬行」を校訓と掲げ、本年で113周年を迎える伝統ある学校です。
貞明皇后陛下御歌(大正天皇の皇后) 大正11年9月20日御下賜
いとどしく降り積む雪を千代ふべき松はものともおもはざるらむ
しっかりと大地に根をおろし、長い歳月風雪に耐え抜いてきた松の姿に、いくたびの艱難辛苦を乗り越えて、今日がある学校を例えられたものであります。
皇室から直接お目をかけていただいた数少ない学校の一つです。
吹奏楽部による演奏
部員数15名。
「やるときはやる、楽しむときは楽しむ」のけじめをつけ、家族のように仲良く楽しく日々の練習に取り組んでいます。去る3月20日には、初めての試みとして「第一回定期演奏会」が開催されました。
書道部による書道パフォーマンス
部員数7名。
書くときは熱く!勉強は教え合い!あとはのんびり楽しく!をモットーに揮毫大会、高校書道展に向けての作品制作、校外でのパフォーマンス書道、諸作品展への出品を行っています。
それぞれの進路に向かって勉強し、また書道以外の習い事とも両立しながら頑張れる活力ある部活動です。
今年度7月に開催される全国高等学校総合文化祭宮城大会に出場されます。
肥後神楽奉納
肥後神楽は熊本県の主に北部地域に広まっており、その起源は詳らかではありませんが、室町時代にはその名称があったとの記録もあり、何百年かの歴史があると推察されます。
十二座からなる肥後神楽の中から、各神社のご神宝の刀で舞う一人舞であり、神様の御神徳を称え奉る宝剣(ほうけん)の舞を奉納していただきました。
交聲曲「海道東征」 グルッポ・ヴィーヴォ海道東征合唱団
海道東征は北原白秋作詞、信時潔作曲。日本書紀や古事記を基に日本の創世記を謳った日本初のオーケストラと声楽が一体となった交聲曲で、皇紀二千六百年記念の祝典で演奏されました。
戦後はタブーとしてほとんど演奏されなかった曲ですが、北原白秋の第二の故郷である熊本県でやろうと決心され、現在では様々な場所で演奏されています。
済々黌応援団OBによる応援!
明治12年に創設された同心学舎に源を発し、明治15年に済々黌として創立、今年創立130有余年を誇る伝統ある学校です。
済々黌の応援団は、日本有数の歴史を誇る熱きバンカラ応援団で、2013年には55年ぶりに第85回センバツ高校野球大会にて応援団賞優秀賞を受賞されました。
熊本はもとより東北、さらには日本全国へエールを送っていただきました!
応援団ではありません・・・(笑)
「熊本よ、弥栄、弥栄、弥栄」
本事業の〆として神道青年全国協議会 長友安隆会長先導のもと弥栄を三唱致し、
予定されていた全てを滞りなく終えることができました。
向後とも早期復興へ向けて、九州各地の会員が共に手を携えて微力を尽くしていく所存でございますので、
皆様方には少しでもお心寄せをいただければ幸甚に存じます。
最後になりますが、ご協力いただきました関係各位に衷心より厚く御礼申し上げます。
がんばるけん!くまもとけん!
熊本地震発生より一年の節目にあたる4月14日、
熊本地震復興祈願祭を熊本県水前寺成趣園能楽殿にて斎行致しました。
主催 神道青年九州地区協議会
後援 九州各県神社庁連合会
協力 出水神社
神苑「成趣園」を境内とする出水神社は細川家歴代藩主を祀り、報恩の誠を捧げる有志により明治十一年に創建され、生活の守護神として御神徳を仰ぐ人々の参拝で終日賑わいをみせています。
趣旨
平成28年4月14日より発生した熊本県益城町を震源とした「熊本地震」より一年がたちます。今なお避難生活を余儀なくされ、様々な困難と隣り合わせで生活する被災者は数多く、元の生活に戻るには長い年月と多くの労力を要することが予想され、先行きの見えない未来に不安を感じられています。
しかしながら、当初は連日のように取り上げられていた現地の様子を伝える報道は日に日に減少し、同じ九州で生活している人々ですら、被災前と変わらない状況であるかのような錯覚を覚えてしまう現状にあります。
そこで、私たちは神職の本分である「まつり」によって、お亡くなりになられた御霊に対し慰霊の誠を捧げ、神々に対し祈りを捧げるべく「熊本地震復興祈願祭」を斎行することとなりました。また、これにあわせて「熊本の元気をみんなへ」をテーマとして音楽等の奉納演奏も行います。
本事業を通して、被災地の現状をより多くの人々に発信し、地震の記憶を風化させることなく、一人でも多くの人々が被災地に心を寄せ、復興への歩みを推し進める一助となることを心から願います。
第一部 午後1時 熊本地震復興祈願祭
参列者全員による大祓詞奏上
祭詞奏上
祭員一覧
氏名 | 単位会 | 奉務神社 | 所役 |
小野 眞一郎 | 大分県 | 早吸日女神社 | 斎主 |
平江 智仁 | 熊本県 | 松橋神社 | 陪膳 |
戸川 健士 |
佐賀県 | 唐津神社 | 膳部 警蹕 |
貴島 吉紀 | 鹿児島県 | 花尾神社 | 祝詞後取 一の手長 |
佐師 正教 | 宮崎県 | 田ノ上八幡神社 | 斎主玉串後取 二の手長 |
幸山 慎太郎 | 熊本県 | 赤水白山比咩神社 | 前導 参列者玉串後取 |
西高辻 信宏 | 福岡県 | 太宰府天満宮 | 祓主 |
岩松 正高 | 長崎県 | 松島神社 | 大麻所役 |
村松 大輔 | 大分県 | 八幡朝見神社 | 塩湯所役 |
串間 慶士 | 宮崎県 | 宮崎神宮 | 典儀 |
内村 泰彰 | 熊本県 | 阿蘇神社 | 楽太鼓 |
秋永 一憲 | 大分県 | 雲八幡神社 | 鞨鼓 |
長友 貞治 | 福岡県 | 宗像大社 | 鉦鼓 |
山田 大輔 | 大分県 | 宇佐神宮 | 鳳笙 |
戸高 宗徳 | 福岡県 | 太宰府天満宮 | 鳳笙 |
是則 慶秀 | 福岡県 | 竃門神社 | 篳篥 |
野澤 佳穂子 | 長崎県 | 温泉神社 | 篳篥 |
吉武 誠礼 | 福岡県 | 宗像大社 | 龍笛 |
茶木 俊介 | 鹿児島県 | 鹿児島神宮 | 龍笛 |
磯畑 希充子 | 太宰府天満宮巫女 | 楽箏 | |
今丑 いづみ | 熊本県 | 健軍神社 | 舞人 |
浦安の舞
天地の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を(昭和天皇御製)
祭典では、九州各県の名水をお供え致しました。
場所 | 品名 |
福岡県宗像市 | 天の真名井(あめのまない) |
佐賀県神埼市 | 金剛水(こんごうすい) |
長崎県島原市 | 江里神社の湧水(えりじんじゃのわきみず) |
熊本県阿蘇市 | 神の水(かみのみず) |
宮崎県高千穂町 | 塩井川の湧水(しおいがわのゆうすい) |
鹿児島県垂水市 | 財宝(ざいほう) |
沖縄県南城市 | 受水走水(うきんじゅはいんじゅのみず) |
大分県別府市 |
萬太郎清水(まんたろうしみず) |
熊本地震では、出水神社も鳥居の損壊など大きな被害を受けられました。
さらに成趣園池の水量も著しく減少。
現在でも水量は地震前の三分の一程度しか戻っていないようです。
世界一の地下水都市とも云われる熊本県。
これからか先も我々の生活にとって重要な水が、絶え間なく流れ続けますよう祈りつつ
祭典終了後には、水前寺保育園園児が成趣園池に上記の名水を献水致しました。
神代の昔、イザナギノミコトとイザナミノミコトは、大八島(日本列島)をお生みになり、さらに海や川、木や山、自然の風や霧などの森羅万象を司る多くの神々をお生みになりました。
爾来、日本人は神社や祭を通して自然と共存共栄し独自の文化を紡いできました。
もとより、人の力では為す術の無い自然に対して人々に与えられたのは祈りのみであり、全身全霊で祈るその意志の力によって守られることは多くあります。
日本国内の彼方此方、隅々にまでひっそりと鎮座される氏神さまは八万社を数えます。
当たり前という有難い日々に感謝の気持ちを忘れることなく、氏神さまでの日々の祈りや節目のおまつりを通して一人一人の小さな祈りが、日本の安寧へと繋がりますことを切に願うばかりであります。
第二部へ続く・・・
本日、午前10時より宮崎県護国神社例大祭が斎行されました。
恒例により当会からも数名が祭典奉仕、またお手伝いをさせていただきました。
桜は満開ながらも、昨年に引き続き雨となりました。
県内各地より遺族が多数参列されていました。
県内各地の氏神さまで斎行される例祭ですが、おそらく参列者は最も多いと思われます。
みたま慰めの舞
辺りを見渡す限り、ご高齢の方が多数見受けられました。
私自身、宮崎県神道青年会会長として玉串奉奠をさせていただきましたが、
その中ではおそらく最年少だったのではないかと・・・
勝手ながら若者代表として思いの丈を捧げ、今後の神青会の役割を強く
認識致しました。
祭典後の宮崎県戦没者等慰霊奉賛会総裁であります河野知事の挨拶でも
ありましたように、御英霊にとっては雨とは如何なるものだったのしょうか。
行軍を妨げる雨、太陽の光を奪う雨、渇きを潤す雨。
御英霊にとっては生死を左右する非常に重要なものであったのだと
深く考えさせられました。
普段何気なく考える天気ですが、本日は心に染みる雨となりました・・・
土砂降りに加えて、非常に肌寒い中での祭典でしたが恙なく斎行されました。
昨年8月15日に、当会では大東亜戦争終結七十年記念誌
「守ルベキモノ、伝ユベキモノ」を発刊致しました。
本日ばかりは改めて読み返していただき、現在の日本の礎となられた
御英霊に対して感謝の気持ちを新たにされまして、謹んで哀悼の意を捧げて
いただければ幸甚に存じます。
記念誌詳細はこちら(HPトップページからもダウンロードできます。)
去る平成28年3月16日、午前10時より当会御田植祭を斎行致しました。
(御神田行事についてはこちら)
本来であれば平成29年度の事業になるのですが、今回の担当地区である
南那珂は早場米!とうことで3月の斎行となりました。
37回目にして、史上初となる串間市に於いて斎行。
斎主は河野保彦会員。(本城神社宮司)
スミマセン、散髪行きます・・・
祭典奉仕者
今日一の笑顔!
今日一のドヤ顔!
約2時間をかけて全て手植えすることができました。
3月9日のことですが、熊本県へ足を運びました。
崩壊した阿蘇大橋。
あれから一年を経ようとしていますが、倒壊したお社が未だ再建されていない
氏神さまが多数あるようです。
このような中において、串間市大字崎田地区の氏神さまである稲荷神社のお膝元で
御田植祭が例年と変わらぬ形で斎行できましたことは、本当に有難いことでした。
人の力では為す術のない自然に対し、また当たり前という大変有難い毎日に常に感謝の
気持ちを忘れることなく、皆が日々氏神さまに祈りを捧げていただければと思います。
最後になりますが、田長をお引き受けいただきました森永様をはじめ地域住民の方々、
さらには担当の南那珂地区会員の皆様に衷心より厚く御礼を申し上げます。
早場米ということで実りの秋ではなく、実りの夏になるようですが、皆様お揃いで賑々しく
抜穂祭が斎行されますことを心からご祈念申し上げます。
期 日 平成29年4月14日(金)
場 所 水前寺成趣園内能楽殿
熊本県熊本市中央区水前寺公園8-1
日 程
第一部 13:00~13:50
熊本地震復興祈願祭
名水奉納の儀
※九州各県の名水を水前寺保育園園児により成趣園池へ放水
第二部 14:00~15:30
復興イベント「熊本の元気をみんなへ」
※肥後神楽、地元大学・高校等有志の皆様による吹奏楽・書道実演等
○趣旨
平成28年4月14日より発生した熊本県益城町を震源とした「熊本地震」より一年がたちます。今なお避難生活を余儀なくされ、様々な困難と隣り合わせで生活する被災者は数多く、元の生活に戻るには長い年月と多くの労力を要することが予想され、先行きの見えない未来に不安を感じられています。
しかしながら、当初は連日のように取り上げられていた現地の様子を伝える報道は日に日に減少し、同じ九州で生活している人々ですら、被災前と変わらない状況であるかのような錯覚を覚えてしまう現状にあります。
そこで、私たちは神職の本分である「まつり」によって、お亡くなりになられた御霊に対し慰霊の誠を捧げ、神々に対し祈りを捧げるべく「熊本地震復興祈願祭」を斎行することとなりました。また、これにあわせて「熊本の元気をみんなへ」をテーマとして音楽等の奉納演奏も行います。
本事業を通して、被災地の現状をより多くの人々に発信し、地震の記憶を風化させることなく、一人でも多くの人々が被災地に心を寄せ、復興への歩みを推し進める一助となることを心から願います。
○どなたでもご参列いただけます。
○ご参列の方は、チラシと引き換えに入口にて参列券をお渡し致します。
参列券は、当日(正午~15時)配布致します。
参列券をお持ちの方は、入場無料となります。
○駐車場に限りがございますので、なるべく公共交通機関をご利用ください。
主催 神道青年九州地区協議会
後援 九州各県神社庁連合会
協力 出水神社
お問い合わせ
神道青年九州地区協議会
大分県大分市佐賀関3329(早吸日女神社)
097-575-0341
※事業チラシはこちら(PDFファイル)
日時 平成29年3月27日(月) 開場:午後4時 開演:午後5時
場所 益城町文化会館(詳細はこちら)
熊本県上益城郡益城町木山381-1 電話096-286-1511
主催 熊本県神道青年会
備考 入場無料
※事業チラシはこちら(PDFファイル)
平成23年3月11日 午後2時46分
あの日から6年の月日が流れました。
午後2時46分、鳴り響くサイレンに併せて黙祷を捧げました。
被災された地域の方々に対して、これまでに何かできたかな?
自問自答すると、自分の不甲斐なさをただただ情けなく思うばかりでありました。
ふと被災された地域のことを考えるとき、私が思い出すのは
平成26年の夏に宮崎まで足を運んでいただいた福島県の子供達です。
(詳細はこちら)
2年半かぁ・・・
みんな大きくなってるだろうなぁ~・・・
残念ながら、被災された一人一人のことを思うことは、できるものではありません。
しかしながら、一人が一人のことを思うことはできます。
祈りには力がある。
一人の一人に対する小さな祈りが結集し、大きな祈りとなって早期復興への
目に見えない力になると信じて疑いません。
最後になりますが、お亡くなりになられた方々の御霊の安らかなことと
早期復興を心から心からご祈念申し上げます。
去る2月6、7日、神道青年全国協議会主催による
「巫女のための神宮研修会」が開催されました。
主題 巫女としての仲執持~真の心を次の世代へ~
趣旨
全国各地の神社で奉仕する巫女は、社頭において神宮大麻の授与をはじめ、伊勢の神宮に関することで日々参拝者と応対する機会は多い。神宮についての知識は奉仕上神職と同等のものを必要とされ、社頭における巫女が果たす役割は益々重要になると考えられる。また巫女は将来家庭を持った際、母として自らの子供に、また地域の子供達に教育を施す一番身近な存在となる。よって巫女の神宮に対する理解を深める事は、各家庭の神宮大麻奉斎、家庭祭祀へと繋がる事となる。
そこで我々が本宗と仰ぐ神宮の御神域で、巫女を対象とした二日間にわたる神宮研修会を実施する。この研修会で神宮に関わる見識を一層深めることで、皇室敬慕、本宗奉賛の心を養い、それぞれが各奉務神社の御祭神にお仕えする厳格であり清らかなる神明奉仕の真の心構えを確固たるものとして戴き、今後の更なる神宮啓発、神宮大麻増体促進、ひいては敬神崇祖の念を基とした国民精神の発揚に資することを期待するものである。そして次の世代へこの気持ちと真の心魂を伝えてもらいたい。
髪飾りも様々ですね。
このような景色は見たことありませんね・・・
宮崎県からも2名の巫女が参加されたようです。
今回は折角なので、感想文を掲載させていただきます。
今回の研修では、普段お宮でご奉仕する中で絶対に経験することができない濃密で有意義な二日間を過ごすことができた。
まず、神宮大麻の講話については、これまで天照大御神様の御札を真ん中に祀る理由はそういう決まりがあるからだと思っていた。だが、講話の中で天照大御神様が天岩戸にお隠れになった時、色々な神様が得意な分野を発揮し、天岩戸から出すことに成功したことから、氏神神社や崇敬神社の良いところをパワーアップさせるために祀るのだと習った。参拝者に聞かれた時はそのように説明したい。
一番興味深かった夜間・早朝参拝については、どちらもお昼の参拝者が多く喧騒とした雰囲気とは異なり静寂なピーンと張りつめた空気の中、参道を歩く音や拍手を打つ音が境内中に響き渡るのを聞き清々しい緊張感を覚えた。また予定には無かった内宮の御垣内参拝ができ、大変幸運な経験となった。
神宮舞子さんは、神宮でご奉仕をしているという意識が非常に高いと感じた。例えば、スーツで出勤し、白衣などは風呂敷に包み着るものに対しても丁寧な扱いをされていた。また、神楽での歩き方や座り方、立ち方など全てが機敏で揃っていた。何度も廉周を重ねているのだろう。この意識の高さは見習わないといけないと感じた。
最後に、この研修会において神職さんが仰った言葉で感想が「凄い」で終わってはいけないというものがあった。確かに参拝も講話もとにかく「凄い」と思った。だが、思うだけでは今後に生かせなくなってしまう。まずはこの研修会で得た経験や知識、そして「凄い」と思ったことを参拝者や他の巫女に伝えていくことが巫女としての仲執持に繋がるし、神宮大麻の発展に貢献できるのではないかと思う。
(巫女A)
二日間、巫女のための神宮研修会に参加し、巫女としての立ち振る舞いや神宮についての知識等多くの事を学びました。
神宮大麻についての講義で、天照大神は神々一人一人に良い所を引き出す能力があるため神宮大麻とおまつりする事で氏神神社、崇敬神社それぞれの一番いい部分を引き出す事ができる、という話しを聞きとても納得しました。それと同時に、自分の奉仕神社で神宮大麻は受けずに帰られる参拝者の方は多くいらっしゃいますが、神宮大麻とおまつりする事でどういった意味があるのか等、御札を受ける際に説明したり、近くにパンフレットを置いて読んで頂く事によって、神宮大麻の意味を知り翌年から受けようと思って下さる方が増え、神宮大麻造体、家庭祭祀へ繋がっていくのではないかと思いました。
又、一般の方は出来ない夜間参拝と早朝参拝、一生に一度であろう貴重な体験をさせて頂いた事で、私が今回の参拝を一生に一度の特別なものだと感じたように、自分の奉仕神社に参拝に来られる方の中には、一生に一度の方もいらっしゃるかもしれないと考えると、ここにお参りに来て良かったと思って頂けたら幸いだと思いました。
二日間の神宮研修会を通し、全国の巫女さん方と触れ合い、話す中で共感する事やそれぞれの奉仕神社の事、自分とは違う考え等を聞き勉強になる事が多々ありました。
これから先、研修で学んだ一つ一つの事をどれも無駄にすることなく自分なりに活かしていき、巫女としての意識を高く持ち参拝者の方と接し、日々精進していこうと思います。
巫女のための神宮研修会、参加することができてよかったです。
(巫女B)
私の勝手な想像ではありますが、巫女さんは普段社頭外に出向することが
そう多くないと思います。
社頭外、さらには県外、さらには恐れ多くも伊勢の神宮にて貴重な研修を受けられたことは
非常に大きな財産となったとことと思います。
男性にはない女性独特の観点を取り入れながら、神宮はもとより氏神さま益々の隆昌へ
向けて、共に進んでいければと思います。
今回、投稿していただいた二人の今後の更なる成長を楽しみにしています。
大丈夫かな???
頑張ってねぇ~(^_^)/~