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宮崎県の神社

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神社データ(神社名、住所、由緒等)から全検索します。
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  • 阿蘇天神社(あそてんじんじゃ)

    阿蘇天神社(あそてんじんじゃ)

    元和二年(1616)の勧請で、明治四年十一月、古江神社へ合祀されていたが、旧社地に本殿拝殿等現存するため、氏子全員が復社の願いを申し出たが、許可ならず、明治十四年五月十二日遙拝所設立の許可を申請し、同年六月二十三日許可を得て、旧社殿を遙拝所として、崇敬の心を捧げてきた。
    戦後、宗教法人下にあって、昭和三十四年八月十七日阿蘇天神社設立を神社本庁に申請し、同年十月六日承認を得て、従来の遙拝所を廃し、阿蘇天神社の設立を行い、今日に至る。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0301
    住所
    延岡市北浦町古江2949ノ乙番地
  • 市振神社(いちぶりじんじゃ)

    市振神社(いちぶりじんじゃ)

    本社は弘治三年十二月十八日の勧請で天神社と称していたが、明治四年十一月、小字本村鎮座の恵美須神社(祭神事代主命)、小字本村鎮座の地神社(祭神大己貴命)、字浜鎮座の厳島神社(祭神市杵島姫命)を合祀して、社号を市振神社と改め、明治五年には社格を村社と定められた。
    本社は、古来、字太田に鎮座していたのであるが、大正八年五月三十日に現在地へ移転の許可を得て、同年六月三十日遷座し、神社明細帳に脱漏していた神社の無格社霧島神社(祭神伊弉諾命、伊弉冉命、邇々杵命、忍穂耳命、鸕鷀草葺不合命)の六柱を合祀許可を得て、大正十四年六月十日合祀した。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0302
    住所
    延岡市北浦町市振字本村577番地の巳
  • 古江神社(ふるえじんじゃ)

    古江神社(ふるえじんじゃ)

    当社は文安五年十二月の勧請で、品陀和気命、息長足姫命を祀り、八幡宮と称してきたが、明治四年十一月
    小字地下鎮座の熊野神社(祭神:事代主命、伊弉冉命、速玉男命)
    小字地下鎮座の鴟尾神社(祭神:大山祇命、大神惟治霊)
    小字地下鎮座の此川天神社(祭神:菅原道真)
    小字谷光鎮座の谷光天神社(祭神:菅原道真)
    小字野地鎮座の野地神社(祭神:大己貴命)
    小字野地鎮座の三島神社(祭神:太田命、倉稲魂命、大山祇命)
    小字浜鎮座の嚴島姫命、市杵島姫命
    小字浜鎮座の恵美須神社(祭神:事代主命)
    小字阿蘇鎮座の天神社(祭神:国常立命)
    小字鳴川引地鎮座の鴟尾神社(祭神:大山祇命、大神惟治霊)に加えて、
    地下住吉神社、中ノ内八王神社を合祀、古江神社と改称し、明治五年には郷社に列せられた。
    明治四十二年二月九には告示第六十三号を以て神饌幣帛料供進指定神社となる。
    尚、昭和十六年十月十八日不慮の失火により、社殿を全焼したが、信仰厚き氏子崇敬者の奉賛により、翌十七年三月に現在の社殿を建立した。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0301
    住所
    延岡市北浦町古江1891番地
  • 八王子神社(はちおうじじんじゃ)

    八王子神社(はちおうじじんじゃ)

    当社の勧請は文安年中と伝えられており、同村字中ノ内の一地区民が往時より、産土神として奉祭してきたもので、明治四年十一月元郷社古江神社に合祀されたが、氏子の願いにより、明治十五年十二月一日復社の許可を得て、元の社地に復社した。
    尚、以前の神殿は宝暦十二年(1762)九月の建立である。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0301
    住所
    延岡市北浦町古江403番地の乙
  • 地下神社(じげじんじゃ)

    地下神社(じげじんじゃ)

    文安五年九月十五日に勧請されたもので、古来、住吉神社と称して尊崇されてきたが、明治四年十一月、元郷社古江神社に合祀された。
    その後、氏子の請願により明治十三年六月二十六日復社の許可があり、同年七月二日復社して、社号も地下神社と改称した。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0301
    住所
    延岡市北浦町古江539番地ノ乙
  • 宮野浦神社(みやのうらじんじゃ)

    宮野浦神社(みやのうらじんじゃ)

    日向灘に面する日豊海岸国定公園の一部で、複雑なリアス式海岸が美しい景観を見せる。岬の沖合にある高島には亜熱帯性植物のビロウが300~500本自生しており、昭和五十年国の天然記念物に指定された。ビロウの自生北限地といわれている。
    当社は寛永九年の勧請であって、古来、五社大明神と称していたが、明治四年十一月、
    小字下ノ迫鎮座の天神社(祭神: 国常立命)
    小字下ノ迫鎮座の恵美須神社(祭神:事代主命)
    小字下ノ迫鎮座の愛宕大神社(祭神:火産霊命、伊弉諾命)を合祀して、社号を宮野浦神社と改称し、明治五年には社格も村社と定められ、幣帛料供進神社となる。
    なお、古老の伝説によると、宮野浦字穂本天神は、永禄元年(1558)の鎮座と申し伝えており、その後百五年を経て、寛永九壬申年に五社大明神を同所に合祀したと言う。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0303
    住所
    延岡市北浦町宮野浦370番地
  • 直海神社(なおみじんじゃ)

    直海神社(なおみじんじゃ)

    本社は天正十五年の勧請であって、古来、綿津見神社と称していたが、明治四年十一月小字直海鎮座の地神社(祭神:大己貴命)を合祀して、社号を直海神社と改称し、明治五年社格を村社と定められた。

    電話番号
    (0982)45-2248
    郵便番号
    889-0302
    住所
    延岡市北浦町市振3732番地・3733番地
  • 菅原神社(すがわらじんじゃ)

    菅原神社(すがわらじんじゃ)

    当社は文安四年の勧請と伝えられており、明治維新以前は天神宮と尊称していた。
    古来、歌糸村の総産土神として崇敬され、末社の大年神、保食神と共に祭祀が続けられてきたが、明治四年、三社合併し、社号も菅原神社と改称した。その後、改めて、大年神、保食神をそれぞれ末社へ分祀して今日に至っている。

    電話番号
    (0982)42-1222
    郵便番号
    889-0304
    住所
    延岡市北浦町三川内3083番地
  • 三川内神社(みかわうちじんじゃ)

    三川内神社(みかわうちじんじゃ)

    当社はもと白山神社と称し、応永九壬午年(1402)の創建と伝える。『日向地誌』には「村社大井の向津留にあり諾冉二尊及び菊理姫命を合祭す、応永九年壬午創建する所なり。旧称白山権現と云。明治四年辛未村中各所に鎮座せし六社を遷座して此に合祭し、今名に改む、例祭十一月六日」と記されている。
    菊理姫命は伊弉諾尊が伊弉冉尊を追われて黄泉国に到り、同国から逃げ帰らんとされたとき、泉津平坂で争われた両尊の間をとりもたれた神で、石川県の古社白山比咩神社の主祭神である。

    電話番号
    (0982)42-1136
    郵便番号
    889-0304
    住所
    延岡市北浦町三川内1147番地
  • 菅原神社(すがわらじんじゃ)

    菅原神社(すがわらじんじゃ)

    当社は文安四年に菅原道真公を勧請して、天神宮と称してきたが、明治四年十一月、三川内神社に合祀された。その後、氏子の熱心な請願により明治十四年十月二十日、旧は社殿への復社許可を得て、明治十五年九月二十三日、現在の社殿に遷宮し、社号も菅原神社と改称して現在に至る。

    電話番号
    (0982)42-1222
    郵便番号
    889-0304
    住所
    延岡市北浦町三川内2438番地
  • 鴟尾神社(とびおじんじゃ)

    鴟尾神社(とびおじんじゃ)

    本社は天文二年六月十日の勧請で、鴟尾権現と称し、産土神として祀ってきた。
    祭神三柱の神の勧請の由来は、権現建立当時、当村に悪病が流行し、そのうえ早魃打続いてたために村民疲弊し極度に苦しんだ。この時元権現所所在跡の梅木丸山一四四三番地に、不思議な神秘的兆候が夜ごとに現れた。その場所に住んでいた高橋須奈夫の祖先、甚之亟はこの不思議を区民にはかり、庄屋の意を得て三柱の神を郷土鎮守の神として祀った。氏子の尊崇厚く、高橋家を神主として祭祀を行わせたという。
    寛永二年(1625)社格昇進により、梅木六四四七番地の現在地に遷宮し今日に至っている。
    祭神大神惟治卿は豊後佐伯の栂牟礼城主の時、九州探題職を押領せんとする逆心あり」と告ぐる者があったため、大友氏の追討の軍勢が城に押し寄せたが、惟治は戦わずに日向に逃げ落ち、可愛嶽の山中に潜伏し、時を待ち冤罪を雪ぐつもりだったというが、大友軍の追及は山中にも及んだので、惟治公は同所を去り、拾町余の所にある当村の尾高智山中で逃れられぬ事を覚悟して自害したという。
    その後、天文年中、鴟尾権現と尊称し、三川内梅木村の産土神と崇敬された。
    当社は隣県大分県蒲江町丸市尾村の崇敬殊に厚く、御分霊を奉祀しており、本社の神主参向の上、祭典が行われていたという。
    明治四年三川内神社に合祀せられたが、その後、氏子の請願により明治十四年十月二十日付にて旧社殿への復社が認可になり、明治十五年九月二十三日遷宮し社号も鴟尾神社に改称した。
    『日向地誌』によると、尾高知岸橋ヶ谷の山腹に佐伯惟治の墓があり、新旧二基の墓碑には佐伯大神朝臣惟治墓とあり、新碑には戒名と大永七年自害の日が刻まれているという。

    電話番号
    (0982)42-1222
    郵便番号
    889-0304
    住所
    延岡市北浦町三川内6447番地
  • 若宮神社(わかみやじんじゃ)延岡市

    若宮神社(わかみやじんじゃ)延岡市

    由緒は不詳であるが、棟札によれば宝永三年(1706)六月、享保四年(1719)十一月、安永四未年(1775)四月本殿の再建が行われ、文化二年(1805)六月には延岡城主内藤備後守より拝殿の再建が行われている。(『宮崎県史蹟調査』)
    明治四年十一月当村の郷社長井神社へ合祀されたが、同十三年三月十日復社出願をし、同十四年十月十四日許可され、同十五年一月一日復社遷座した。

    電話番号
    (0982)46-2430
    郵便番号
    889-0102
    住所
    延岡市北川町長井5192番地ヘ
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