神拝体操「皇民(みたみ)の舞」

【序】

昭和十八年戦局益々重大の秋、国民錬成の一環として一つの体操が創作された。その名を『皇民の舞』と云ふ。警視廳警察主事河田新吉が唱歌「御民われ」に振り付けを成したものである。唱歌「御民われ」は、天平六年(七三四)に海犬養岡麻呂(1)が聖武天皇の詔に応へ奉つた「御民われ生ける験あり天地の栄ゆる時に遇へらく念へば」(2)といふ歌に山本芳樹が曲を付けたものである。これを、支那事変にて右腕切断といふ名誉の負傷を負つた東京音楽学校助教授伊藤武雄が独唱を成し民心を励ましめたものである。戦局悪化の際「海ゆかば」が軍人に重用されたのに対し、唱歌「御民われは」は国民学校より教科書に記載され児童生徒を勇気付けてくれたものである。しかし、共に戦後は戦意を高揚させたとして歴史から消し去られてしまつたのである。
大東亜戦争終結六十年といふ節目の年を経た今般、戦前に思ひを馳せると荒廃困難の情況下にありながら我が祖先の想ひは一体何に帰一したのか。それは、古代より連綿と続く命の継承であり、現世にて手を取り助け合ひつつ命を育む家族・仲間との連帯であつた。そして、その中にあつてはじめて「生きる喜び」を自覚できるのである。我々青年神職は、地域社会に於いて又家庭に於いて社会教化を成さねばならぬ立場にある。先づは、我々青年神職が「中今」を理解し仲間との連帯を大観する必要がある。依つて神拝体操『皇民の舞』実施を推奨・励行戴き、会員相互心を一つに協せ体錬を為し神道教化に邁進せられんことを切に願ふものである。
 
※註釈
(1)海犬養岡麻呂(あまのいぬかいのおかまろ)生没年未詳。伝不詳。
 海犬養宿禰は、安曇氏等と同族の所謂海人系氏族。福岡県博多区住吉付近を本拠とし、
 もとは那津宮家の守衛を職掌としたが、その後中央に進出し宮城門の守衛に従事した。
(2)「万葉集巻六 九九六首」。歌意は、天皇の御民である我等はこの天地と共に栄へる
  御代に遭遇してなんと生甲斐のあることであらふという意である。
 
【目的】
 神職は、常に心身の鍛練に勤しまなければならない。それによつて、祭式作法に於ける身構へや参拝者に接する社頭や氏子に接する地域社会に於ける心構へが除々に形成されてゆくのである。我々青年神職は、その端緒についたに過ぎない。依て心身の研鑽を厭んじてはならない。青年会の行事の中でやはり体錬は必要であり、統一した動きを為すことにより仲間としての紐帯は強まり、そして神拝体操の源流たる精神が共有されて行くに違ひないのである。我が国に生を享けし幸福を歓喜し更に矜恃とを肉体を通して表現し、須く青年神職が一心一体となつて大神と氏子との仲取持ちとして神明奉仕の覚悟を以て、皇運を扶翼し奉り、悠久不滅の皇御国を護り奉る堅き信念の下に行ずるを目的とする。
 
【実施上の注意】 
一、応詔歌である為、挙止動作を厳粛雄大に行ふ事。
二、歌意をよく理解し、天皇を戴く皇民として又神職として生きる事が出来る感激と八百万神への赤誠を動作の上に表現し、各青年会各職域に具現挺身せしむ事。
三、実施次第については、以下の通り。
    先づ、諸員整列の跡、間隔を一平方四方にとり支立・黙想。唱歌「御民われ」を一回鑑賞す。
之の間、諸員悠久の歴史に思ひを馳せ、該曲を先人の雄叫びとして心肝に徹し、神職として生きる覚悟を再確認す。
    次に、該曲に合はせ二度実演を為す。
尚、終了時は左足を右足に揃へ両腕を側方より降し直立姿勢となる。
  ③最後に諸員にて合唱し、諸員整列の後解散。
 
「みたみわれ」
みたみわれ いけるしるしあり あめつちの さかゆるときに あえらくおもえば
 
【神拝体操『皇民の舞』所作詳解】
 PDFファイル ○1頁  ○2頁  ○3頁 
 
【後書】
 今こそ心身錬成の秋である。我々は、一国民として一神職として一人間として「強さ」を備へているのであらうか。
これは必ずしも表面的な「武」を指すものではなく、武道の源流たる「心」を意味した「強さ」である。我々一人一人がそれぞ
れ大切なものを護るとき我々は最後の死線は譲らぬといふ強さが必要なのである。我が国の道義荒廃が叫ばれて久しい
今日、国民の一人一人が強い国家観を持ち、社会に貢献し得る強い個人の養成が急務であり、「御民われ」を確立すること
が必要なのである。
 大学三年の頃、日本史学専攻ゼミにてある教授が戦中の戦意高揚を厚かったドキュメンタリービデオを流したことがあっ
た。恐らく学生に戦前への違和感を醸成させる狙いがあつたものを思はれるが、私はその中の一場面に釘付けになつてい
た。それは、大きな運動場に数百名が一糸乱れぬ動きにて「皇民の舞」を行つているものであつた。とても美しかつた。総て
が歌意を理解し指先までも気の通つた動きにとてつもない感動を覚へたのである。いつか必ず此を再現したいと心に決め、
爾来十数年十分な調査も為さぬまま時を過ごしてしまつた。
 然るに、今般青年神職との仲間の輪が広がり、その中で神拝体操をやつてはどうかとの励ましを戴いた。重い腰を上げ真
剣に向き合ふことにした。久しぶりに図書館巡りの調査を成したが、当然見つからない。「ここで見つからねば諦める」と心
に決めた日本体育大学図書館にて「皇民の真栄」の雑誌記事を発見した。大神様の恩頼であらふ。依つてここに再現がな
つたのである。後は、一人でも多くの同志が神拝体操の「皇民の舞」をやつて頂けることを祈念するのみである。
   平成十九年五月二十六日
                                 青島神社亜熱帯の杜にて 宮崎県神道青年会 会長 長友安隆 記 

 

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