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興玉神社(こだまじんじゃ)
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創建年時不詳であるが、慶安三年(1650)庚寅四月再興の記録があり、天文十年(1541)彫造の木面二個が所蔵されており、本社の創建はかなり古いものと思われる。元中郷村宮園に鎮座していたが、明治六年一月都城県の際、村社となり当地へ遷座された。合祀社・久受志神社は仁安元年(1166)三井寺座主二品親王の命により僧禅慶及び長井弁済使の両者、当村正応寺の鎮守として創建した。以来村中の崇敬が篤かったが、明治二年下長飯村西町小国神社へ合祀、明治七年八月村民の請願により、当社へ遷座合祀した。
興玉神社本殿神殿は、応永六年(1399)製作とされ、宮崎県内最古の建造物として昭和五十八年六月二日、国指定重要文化財(建造物)として指定された。これは、本殿に安置する際に取りはずされた棟木(都城市立郷土館に保管展示)に「奉造立薬師如来図師壱宇 応永己卯十月七日 大檀那豊前守源為和 大勧進遍照金剛僧海 大工藤原 国家謹作」の墨書により判明した。
この神殿は、鎮座地から数百㍍東にあった正応寺薬師堂の厨子である。正応寺は慶応三年廃寺となっているが、その廃仏毀釈の際、村人たちが夜ひそかに運び込んだものと伝える。
興玉神社本殿神殿は、応永六年(1399)製作とされ、宮崎県内最古の建造物として昭和五十八年六月二日、国指定重要文化財(建造物)として指定された。これは、本殿に安置する際に取りはずされた棟木(都城市立郷土館に保管展示)に「奉造立薬師如来図師壱宇 応永己卯十月七日 大檀那豊前守源為和 大勧進遍照金剛僧海 大工藤原 国家謹作」の墨書により判明した。
この神殿は、鎮座地から数百㍍東にあった正応寺薬師堂の厨子である。正応寺は慶応三年廃寺となっているが、その廃仏毀釈の際、村人たちが夜ひそかに運び込んだものと伝える。

ご社殿

入口鳥居

スギの木
地図 [KML] [地図表示] | |
電話番号 | (0986)39-1134 |
郵便番号 | 885-0044 |
住所 | 都城市安久町2955番地 |
御祭神 | 猿田彦命(さるたひこのみこと) 大名持命(おおなもちのみこと) 少彦名命(すくなひこなのみこと) |
旧社格 | 村社 |
御神徳 | 交通安全 |
社殿 | 本殿(流造)4坪 拝殿(入母屋造)6坪 |
創立年月日 | 不詳。内陣は応永6年(1399)造営。慶安3年(1650)再興。 |
例祭日 | 7月18日 |
主な祭典 | |
文化財 | 興玉神社内神殿(国重要文化財)昭和58年指定 |
駐車場 | 有り(20台) |
最寄ICからのアクセス | 都城ICより安久温泉方面に約10㎞ |
最寄駅からのアクセス | 都城駅よりタクシーで約10分 |
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