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母智丘神社(もちおじんじゃ) 高ヒット [地図表示]
2012-11-9 12:55 投稿者: office (記事一覧) [ 3649hit ]
本社は創祀の年時を詳にせず、往時より石岑稲荷明神と称し、古く地方民の崇敬頗る厚きを致せる社である。
社地は丘阜の頂きに在るを以て持尾と書せしを、後世に至りて母智丘と改書したのである。該頂上には巨大なる岩石多数累列せるに依り、一に石無禮又は石岑の石に呼ばれたのである。社殿の後方に二穴ある、左方を白御毛津、右方を赤御毛津と称せり、往年同所に久保田寶樂院(現社司の祖先)鬼塚光明院交々祭祀を営み、神意を受けて庶人の祈願吉凶を判し、五穀成就諸病息滅、就中家畜の保護蕃蕃殖に神験ありとし、賽者少なからざる霊地なるを、時の地頭三島通庸が之を聞き社殿を興し、木田九郎を鹿児島より招きて祠官となし、神がかりに依り(人に憑りて神意を傳ふるもの)神託を受けしめ、祭神豊受昆賣なりと云、且誕生の霊跡と称せり。
通庸は各所よりの参拝道路を拓きて、賽者の便を策り、社下正面八町の道路両側に、桜樹を併植し、屢々自ら参拝して敬神の範を一般民衆に示せり、茲に於いて社観大に整ひ居りしが、明治三十三年七月二十日炎上の厄に罹り、さしも壯厳なりし往時の俤を失ひ、現時の社殿は、仝三十六年二月の再興にして、其規模狭小なるも、祭時即ち四月二十三日の例祭には、遠く鹿児島縣下並縣下各所より参集するもの、絡繹として絶えざる而己ならず、境域参道等に充満、賽客咽嗔、其盛況他に見を得ざる殷賑である。明治四年四月四日郷社に、同年五月二十五日縣社に、累進したるは、是三島通庸が捧げたる至誠の偉大なる力に興かりし所である。
ご社殿
ご社殿
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電話番号(0986)22-2133
FAX番号(0986)25-5967
郵便番号885-0091
住所宮崎県都城市横市町6691番地
御祭神豊受昆売神(とようけひめのかみ)
大年神(おおとしのかみ)
石峯稲荷明神
稚産霊神(わくむすびのかみ)(境内神社、摂社)
旧社格 県社
御神徳 五穀成就 諸病息滅 商売繁盛 子宝 安産 縁結 家畜保護審殖
社殿 本殿(流破風造)4坪 拝殿(入母屋造)13坪
創立年月日 不詳
例祭日4月23日 午後1時から午後2時
主な祭典夏祭り 7月23日
文化財
駐車場有り(30台)
最寄ICからのアクセス都城ICより乙房方面に約6キロ
最寄駅からのアクセス西都城駅よりタクシーで約10分
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