毛比呂計神社(もひろげじんじゃ)

2015-7-23 14:14 投稿者:  office
小丸川河口近くの右岸と宮田川下流の右岸とに挟まれた、沖積地北高鍋の中津留に鎮座する。当社の由緒は、孝謙天皇の御宇、百済に福智王という人あり、乱のためにその父貞嘉王と日本に奔った。始め安芸の厳島に至り、のち児湯郡蚊口浦に来たり、海水に霑した衣冠束帯等を石の上に置いて乾かした。そこでここを毛比呂計(裳拡け)といい、神社を創建したのが始まりと伝える。また、付近に石船という地名があり、彼等一行の船が没したのでこの名がついたと伝える。
棟札によれば、永享十二辛酉(1440)三月、田部金綱により再興され、その後、永禄十年正月再興、寬永元年十二月種孝公により再興、慶安二年十一月種春公により再興、貞享二年十月再興、寬永七年三月種政公により再興、享保十一年九月種弘公により再興、文化十一年種任公により再興されるなど、歴代領主からも篤く尊崇された社であった。明治四年村社に列格し、同四十年二月神饌幣帛料供進社に指定された。
社名は、『高鍋寺社帳』には裳廣解大明神とあり、『比木寺社帳』には級纊大明神と記されていたが、現在は毛比呂計神社と書いている。
児湯郡 / 高鍋町 )
ご社殿
ご社殿
入口鳥居
入口鳥居
社号標
社号標
地図

電話番号(0983)23-1728
郵便番号884-0002
住所宮崎県児湯郡高鍋町北高鍋2015-イ
御祭神底筒之男神(そこつつのおのかみ)
中筒之男神(なかつつのおのかみ)
上筒之男神(うわつつのおのかみ)
旧社格村社
御神徳
社殿本殿(神明造)1坪 拝殿(入母屋造)9.8坪
創立年月日不詳
例祭日十二月七日
主な祭典七月七日 例祭
文化財
駐車場
最寄ICからのアクセス高鍋ICより車で約10分
最寄駅からのアクセスJR高鍋駅より車で約10分