宮崎神青ブログ - 最新エントリー

ミコケン

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office 2017-2-26 18:27

去る2月6、7日、神道青年全国協議会主催による

「巫女のための神宮研修会」が開催されました。

 

主題 巫女としての仲執持~真の心を次の世代へ~
 

趣旨

全国各地の神社で奉仕する巫女は、社頭において神宮大麻の授与をはじめ、伊勢の神宮に関することで日々参拝者と応対する機会は多い。神宮についての知識は奉仕上神職と同等のものを必要とされ、社頭における巫女が果たす役割は益々重要になると考えられる。また巫女は将来家庭を持った際、母として自らの子供に、また地域の子供達に教育を施す一番身近な存在となる。よって巫女の神宮に対する理解を深める事は、各家庭の神宮大麻奉斎、家庭祭祀へと繋がる事となる。
そこで我々が本宗と仰ぐ神宮の御神域で、巫女を対象とした二日間にわたる神宮研修会を実施する。この研修会で神宮に関わる見識を一層深めることで、皇室敬慕、本宗奉賛の心を養い、それぞれが各奉務神社の御祭神にお仕えする厳格であり清らかなる神明奉仕の真の心構えを確固たるものとして戴き、今後の更なる神宮啓発、神宮大麻増体促進、ひいては敬神崇祖の念を基とした国民精神の発揚に資することを期待するものである。そして次の世代へこの気持ちと真の心魂を伝えてもらいたい。

 

髪飾りも様々ですね。

 

このような景色は見たことありませんね・・・

 

宮崎県からも2名の巫女が参加されたようです。

今回は折角なので、感想文を掲載させていただきます。

 

今回の研修では、普段お宮でご奉仕する中で絶対に経験することができない濃密で有意義な二日間を過ごすことができた。
まず、神宮大麻の講話については、これまで天照大御神様の御札を真ん中に祀る理由はそういう決まりがあるからだと思っていた。だが、講話の中で天照大御神様が天岩戸にお隠れになった時、色々な神様が得意な分野を発揮し、天岩戸から出すことに成功したことから、氏神神社や崇敬神社の良いところをパワーアップさせるために祀るのだと習った。参拝者に聞かれた時はそのように説明したい。
一番興味深かった夜間・早朝参拝については、どちらもお昼の参拝者が多く喧騒とした雰囲気とは異なり静寂なピーンと張りつめた空気の中、参道を歩く音や拍手を打つ音が境内中に響き渡るのを聞き清々しい緊張感を覚えた。また予定には無かった内宮の御垣内参拝ができ、大変幸運な経験となった。
神宮舞子さんは、神宮でご奉仕をしているという意識が非常に高いと感じた。例えば、スーツで出勤し、白衣などは風呂敷に包み着るものに対しても丁寧な扱いをされていた。また、神楽での歩き方や座り方、立ち方など全てが機敏で揃っていた。何度も廉周を重ねているのだろう。この意識の高さは見習わないといけないと感じた。
最後に、この研修会において神職さんが仰った言葉で感想が「凄い」で終わってはいけないというものがあった。確かに参拝も講話もとにかく「凄い」と思った。だが、思うだけでは今後に生かせなくなってしまう。まずはこの研修会で得た経験や知識、そして「凄い」と思ったことを参拝者や他の巫女に伝えていくことが巫女としての仲執持に繋がるし、神宮大麻の発展に貢献できるのではないかと思う。

(巫女A)

 

二日間、巫女のための神宮研修会に参加し、巫女としての立ち振る舞いや神宮についての知識等多くの事を学びました。
神宮大麻についての講義で、天照大神は神々一人一人に良い所を引き出す能力があるため神宮大麻とおまつりする事で氏神神社、崇敬神社それぞれの一番いい部分を引き出す事ができる、という話しを聞きとても納得しました。それと同時に、自分の奉仕神社で神宮大麻は受けずに帰られる参拝者の方は多くいらっしゃいますが、神宮大麻とおまつりする事でどういった意味があるのか等、御札を受ける際に説明したり、近くにパンフレットを置いて読んで頂く事によって、神宮大麻の意味を知り翌年から受けようと思って下さる方が増え、神宮大麻造体、家庭祭祀へ繋がっていくのではないかと思いました。
又、一般の方は出来ない夜間参拝と早朝参拝、一生に一度であろう貴重な体験をさせて頂いた事で、私が今回の参拝を一生に一度の特別なものだと感じたように、自分の奉仕神社に参拝に来られる方の中には、一生に一度の方もいらっしゃるかもしれないと考えると、ここにお参りに来て良かったと思って頂けたら幸いだと思いました。
二日間の神宮研修会を通し、全国の巫女さん方と触れ合い、話す中で共感する事やそれぞれの奉仕神社の事、自分とは違う考え等を聞き勉強になる事が多々ありました。
これから先、研修で学んだ一つ一つの事をどれも無駄にすることなく自分なりに活かしていき、巫女としての意識を高く持ち参拝者の方と接し、日々精進していこうと思います。
巫女のための神宮研修会、参加することができてよかったです。

(巫女B)

 

私の勝手な想像ではありますが、巫女さんは普段社頭外に出向することが

そう多くないと思います。

社頭外、さらには県外、さらには恐れ多くも伊勢の神宮にて貴重な研修を受けられたことは

非常に大きな財産となったとことと思います。

 

男性にはない女性独特の観点を取り入れながら、神宮はもとより氏神さま益々の隆昌へ

向けて、共に進んでいければと思います。

 

今回、投稿していただいた二人の今後の更なる成長を楽しみにしています。

 

大丈夫かな???

 

頑張ってねぇ~(^_^)/~

2677回目の誕生日

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神青会からのお知らせ
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office 2017-2-11 0:00

   

 

 

紀元祭の詳細はこちら

 

宮巡隊海を行く

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宮巡隊
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office 2017-2-6 17:01

先月のことですが、とある会員から

「今度、県北に遊びに行くのですが、どこか神社の写真を撮ってきましょうか?」

 

ほほう・・・なかなか感心な奴だ。

 

真っ先に思いついたのは、日之影町!

日之影町には18社鎮座されるが、その内の2社は未だにお参りできていないのです。

 

「いや、そっち方面には行きません!」

 

あらら・・・

 

う~ん・・・ あっ!思いついたのは、

 

延岡市島浦町(島野浦についてはこちら→延岡観光協会ホームページ

 

「舟じゃないと行けないよ!」

なんて冗談ぽく言いながら、その日は会話を終えました。

 

すると、数日後・・・

「お参りしてきましたよ!」

 

 

 

入口階段

 

社号標 旧延岡藩主・内藤政擧書

 

大東亜戦争戦歿者慰霊碑

小さな島からも多くの方々が・・・

謹んで御霊の安からんことをお祈り申し上げます。

 

ご社殿は明治29年の再興部分と、昭和56年の改築部分からなるそうです。

島野浦神社についてはこちら

 

いや~有難い。

どんな様子だった?等々、このブログを書きながら話をしていると、別の人が、

「島野浦に同級生がいますよ。」

ま・じ・で!・?

えー!すごい偶然!

友達が写真が好きなようで、島野浦の写真を多く撮られているそうです。

誠に勝手ながらこれも何かのご縁ですので、ご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊かな自然と、氏神さまの祭が今なお継承されているようで何よりです。

何だかほっとする写真ですね。

 

今回現地を訪れた会員の話によると、島民の方々が気さくに話しかけてくれ、

さらに小学生の挨拶が素晴らしく、とても清々しい一日となったようです。

 

当日はあまり天気が良くなかったようで、桜の時期や夏に是非もう一度

足を運びたいと言っておりました。

 

氏神さまを中心として、益々にお栄えになりますことを心からご祈念申し上げます。

 

ちなみに県内で島に鎮座する神社はもう1社あります。

 

求む!出向隊員! 

再考、氏神さま

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その他
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office 2017-1-23 17:07

改めまして、というのも遅くなりすぎた感もございますが、

あけましておめでとうございます。

皆様方には健やかに新年をお迎えのことと存じます。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

 

さて、正月のことですが、このようなご相談をうけました。

 

その方は神棚に氏神さまの御札もお祀りすると言うことをお聞きし、

初めて授与されたそうです。

 

しかしながら、それから嫌な事があったのか、どうも心地が宜しくなく

御札をお返ししたいのですが、失礼になりませんか?との問いでありました。

 

また、鎮座地や氏神さまの雰囲気も、どうも本人とってはあまり心地よいものでは

なかったそうです。

 

もちろん、どうぞお返しくださいとは言いません。

 

新年早々に嫌な事が続いたかもしれませんが、折角お祀りされたのですから、

もう少し様子をみられては如何ですか?

それでも、どうしてもと言うことであれば、直接宮司様とお話をしていただいては

如何ですか?

 

確かに宮司様の中には、多い方では20数社兼務されており、

常に足を運ぶことが難しいのが現状かもしれません。

そんな中にあっても、あらゆる面で地域の方々のお力添えをいただきながら

今日に至っているのであります。

少しでも氏神さまのことにつきまして、お力添えをいただければ

非常に有難いのですが・・・

お答えしました。

 

また、正月前には初詣特集ということで取材を受けましたが、

最近では、ご利益に特化した形で神社や御守が紹介されるケースが多く、

どうも祈りというものが、利己的なものになっているように感じます。

 

もっと広い大きな意味で氏神さまを考えていただければと思うばかりであります。

 

本年も当会は、各氏神さまのご繁栄への一助となるべく諸事業を展開していきたく存じます。

皆様方には、ご理解ご協力、ご指導ご鞭撻を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

 

あけましておめでとうございます

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その他
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office 2017-1-1 0:05

良いお年を

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活動報告
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office 2016-12-29 14:26

平成29年の厄年、年祝いの一覧です。

節目の年に当たりますので、祈願をお受けいただきまして、これからも清々しくお過ごしになられますようお祈り申し上げます。(厄年についてはこちら

◎平成29年厄年一覧

女   性 男   性
前厄 本厄 後厄 前厄 本厄 後厄

平成12年生

18歳

平成11年生

19歳

平成10年生

20歳

平成6年生

24歳

平成5年生

25歳

平成4年生

26歳

昭和61年生

32歳

昭和60年生

33歳

昭和59年

34歳

昭和52年生

41歳

昭和51年生

42歳

昭和50年生

43歳

昭和57年生

36歳

昭和56年生

37歳

昭和55年生

38歳

昭和33年生

60歳

昭和32年生

61歳

昭和31年生

62歳

※年齢は数え年です。(平成29年になる歳に1歳足して下さい。)

※誕生日に関わらず1年間が厄年にあたります。

※厄年の3年間を無事に過ごされたことを、神様に奉告し感謝する厄明奉斎(御礼参り) も受け付けています。

 

平成29年年祝い一覧 

祝名 意味 年齢 生まれ年
還暦(かんれき)  生まれた年と同じ干支が巡ってくる年   61歳    昭和32年生
古希(こき)  杜甫の「人生七十古来稀なり」という一節にちなんだもの   70歳  昭和23年生
喜寿(きじゅ)  「喜」を略字で「七十七」と書くことから   77歳  昭和16年生
傘寿(さんじゅ)  「傘」を略字で「八十」と書くことから   80歳  昭和13年生
米寿(べいじゅ)  「米」を分解すると「八十八」と書くことから   88歳

 昭和5年

卒寿(そつじゅ)  「卒」を略字で「卆」と書くことから   90歳

 昭和3年

白寿(はくじゅ)  「百」から一を取ると「白」という字になることから    99歳  大正8年生

お祝いの年を無事に迎えられたことに感謝し、これからも清々しくお過ごしになられますようお祈り致します。

 

※必要な方はご利用ください。

・厄年表はこちら→PDFファイル

・数え年表はこちら→PDFファイル

・干支早見表はこちら→PDFファイル

今年の漢字

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活動報告
執筆 : 
office 2016-12-24 15:41

去る12月20日、当会忘年会を開催致しました。

 

とは言っても、全員とゆっくり話す時間も無いしなぁ・・・

 

そ・こ・で!

平成28年を漢字一文字で表現していただきました。

 

 

 

                              神主一年生。

 

 

                              家族になろうよ。

 

                              そして父となる。

 

 

さらに2児の父となる。

 

みんながいるじゃないか!                      鳴くまで待とうホトトギス。

 

新天地。                                 神楽三昧。

 

見つけにくいものですか?                      ブレるなよ!

 

ついて行けた!?                           サーファー?

 

一本足して”幸”に。                          苦しまなければ喜びはない。

 

改めて自然の恐ろしさを。                      逃げ恥?

 

100人できたかな?                         全ては会長の為に。

 

いよいよ前厄。                            カムトゥルー。

 

 

前進あるのみ。                            時には退くも良し。

 

届いた?                                思い残すことはないね。                            

 

何よりです。                              また来年も!

 

みんなありがとう。                          みんなゴメンナサイ・・・

 

何だか皆がそれぞれに生きてるんだなぁと改めて考えさせられました。

 

本年が良かった人、あまり良くなかった人とそれぞれでしょうが、

年の最後に皆が集い、終始笑い声の絶えないひとときを過ごせることは

本当に有難いものです。 

 

さぁいよいよお正月。

賑々しい氏神さまのご社頭にて、健やかに新年をお迎えいただきますよう

心からご祈念申し上げます。

 

良いお年を!

女子神職の育児奮闘記です。

約1年ぶりの投稿になります。(前回はこちら

ではクリスマス問題編のはじまりはじまり・・・

 

早いもので、今年も残りわずかとなりました。

 

この時期にちょっと話題になることがある。

それは、『神主さんのクリスマス』
お坊さんのおうちでも同様だとか・・・
 

神社の子供の宿命とも言える、小さい頃からよく聞かれる質問がある。


「ふーちゃんちってクリスマスあると???」


「ツリーは、・・・あるよ(✧≖‿ゝ≖)ドヤァ」 (もらいもの・・・)
 

「ケーキも、・・・あるよ(✧≖‿ゝ≖)ドヤァ」 (毎年、親戚の関係で買っている・・・)

「え━━━(゚o゚〃)━━━!!!ふーちゃんち神社やろ!」

そして、この手の質問は母となった今も続く。
「おかあさ~ん、うちはクリスマスプレゼントなんでないと?」

「うちは神道だから(✧≖‿ゝ≖)ドヤァ」

 

と言うか、旦那さんの家も私の家もそういう習慣なかったし・・・

しかしながら、八百万の神々が坐します日本は海の外から来られた神様も尊び敬ってきた。

これは日本の文化だと思う。
お葬式でも、亡くなった方の信仰していた宗教にあわせ拝み故人を偲ぶ。
宗教はそれぞれだが偲ぶ心は同じ。
明治以前は「生きているうちは神社、おくりは仏」との言葉があり、

私の御先祖様も、明治以前は仏様のおちからによって黄泉の国へと旅立っただろう。

私が子供を宗教園に入園させたのも、どの宗教かというより、どの宗教でも敬い尊べるかが

人や物、目に見えぬもの全てに対する思いに繋がっていくのではないかなとの思いからである。

 

そしてさらに子供から、

「おかあさん、知ってる?サンタさんはお父さんとお母さんなんだよ!」

 

え!? 

 

どうもお友達情報らしいが、もはや宗教がどうのこうのではない・・・

 

「へぇ~・・・そうなの?」

 

他の家庭に影響を及ぼしかねないので下手なことは言えない。

そんなこんなで、行き着いたクリスマスプレゼントの問いへの答えは、
「クリスマスは、イエスキリスト様のご聖誕を祝うものでプレゼントをもらうイベントではない、

教会にいってお祈りしてきなさい!」

 

どうやら納得してくれた様子(;≧∇≦) =3 ホッ

ついこの間、妹から相談がきた。

「お姉ちゃん、子供からなぜうちにクリスマスプレゼントが来ないか聞かれたけどなんて答えてる?」

 

逆に何と答えたのか聞いたところ、

「○○くんちはお金持ちだからクリスマスプレゼントあるけど、うちは貧乏だからないよ。」

と、答えてしまったらしい。


いっそのこと、

「よそはよそ、うちはうち」の方がマシだったね・・・

 

何はともあれ、メリークリスマス!

 

そして、良いお年を<(_ _)>

 

続く・・・

教えて神主さん!㉓~一之宮?~

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教えて神主さん!
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office 2016-12-10 10:24

去る12月5日、午前10時より都農町大字川北鎮座される都農神社にて

例祭が斎行されました。

 

私も宮司の随行として、初めて参列させていただきました。

 

従来の申酉祭を改めた祭であり、前日とさらに祭典後に神楽の奉納もあったようです。

 

当会会員の2人も、新天地で神明奉仕に励んでいるようです。

 

12月とは言え、この日の最高気温は約20度・・・

 

約1時間の祭は、厳粛のうちに滞りなく斎行されました。

ご社頭益々のご隆昌と、氏子の皆様のご健勝を心からご祈念申し上げます。

誠にお目出度うございました。 

 

ところで、都農神社は『日向国一之宮』(ひゅうがのくにいちのみや)

 

一之宮ってなんでしょう???

 

一之宮は諸国の国内で、第一の地位を占めた神社であります。
平安時代後半からみられ、平安後期から中世に諸国の神社の中心的地位を占めました。
平安時代においては国司は、任国の国内の主要神社に神拝するのが例になっていました。
また諸国国内の神社の管理・祭祀は国司の任務であり、必要に応じて奉幣などを行うこととなっていました。このような神拝や任務の執行にあたって、便宜上行われた国内神社の序列化が、一之宮の起源ではないかと考えられています。
また、そうした国司の側の主導で成立したというのではなく、諸国国内において自然発生的に生じた神社の序列を国司の側が公認したものであろうとする見方もあります。

 

一之宮はその神社の勢力の推移、その他の理由によって時代により変わった例もあります。
また同等の崇敬を集めていた等の理由により、複数の神社が同時に一宮を称することもありました。さらに時代の推移により、一宮が不明となり数社が一宮と比定されたまま結論が出されないでいる国もあるようです。(神道辞典より)

 

実際に都農神社の神主さんに聞いてみると、

国司がその国に着任した際に、一番最初にお参りする神社が一之宮

との説が有力であるとのことでした。

 

 

当時の日向国の国府は現在の西都市都於郡でありますので、それならば近くに鎮座される

都萬神社が妥当ではないかとも考えられますが、都萬神社は二之宮なのです。

 

では、なぜ都農神社が一之宮に選ばれたのか?

 

①国司が赴任する際に、昔は船でその国に向かっていました。

その船着場が日向国では、現在の日向市美々津であり、そこから国府に向かう際の官道の一番北側にあったから。

 

②国府の鬼門にあたる方角に鎮座されていたから。

 

等々、諸説あるようです。

 

ちなみに、宮崎市に「一の宮町」という地名がありますが、これには恒久神社に関連しているとか・・・

恒久神社は、寛治4年4月、国富の荘園の鎮守として都万の宮を勧請したものです。

「都万の宮」、つまりは都萬神社のこと。

じゃあ、二の宮町やん!と思われるでしょうが、

当時の人々が都萬神社を一之宮と勘違いしていた、なんて話もあるそうです。 

 

話がそれましたが、いずれにしても、両社とも式内社でありますので、少なくとも当時から鎮座されていた歴史の古い神社であることは間違いありません。

 

一之宮は全国に全部で102社、108か所あるそうです。

 

その国の象徴とも言える一之宮。

機会がございましたら、是非お参りされては如何でしょうか・・・

 

あなたの国の一之宮は、どちらですか???