宮崎神青ブログ - 201612のエントリ

良いお年を

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-12-29 14:26

平成29年の厄年、年祝いの一覧です。

節目の年に当たりますので、祈願をお受けいただきまして、これからも清々しくお過ごしになられますようお祈り申し上げます。(厄年についてはこちら

◎平成29年厄年一覧

女   性 男   性
前厄 本厄 後厄 前厄 本厄 後厄

平成12年生

18歳

平成11年生

19歳

平成10年生

20歳

平成6年生

24歳

平成5年生

25歳

平成4年生

26歳

昭和61年生

32歳

昭和60年生

33歳

昭和59年

34歳

昭和52年生

41歳

昭和51年生

42歳

昭和50年生

43歳

昭和57年生

36歳

昭和56年生

37歳

昭和55年生

38歳

昭和33年生

60歳

昭和32年生

61歳

昭和31年生

62歳

※年齢は数え年です。(平成29年になる歳に1歳足して下さい。)

※誕生日に関わらず1年間が厄年にあたります。

※厄年の3年間を無事に過ごされたことを、神様に奉告し感謝する厄明奉斎(御礼参り) も受け付けています。

 

平成29年年祝い一覧 

祝名 意味 年齢 生まれ年
還暦(かんれき)  生まれた年と同じ干支が巡ってくる年   61歳    昭和32年生
古希(こき)  杜甫の「人生七十古来稀なり」という一節にちなんだもの   70歳  昭和23年生
喜寿(きじゅ)  「喜」を略字で「七十七」と書くことから   77歳  昭和16年生
傘寿(さんじゅ)  「傘」を略字で「八十」と書くことから   80歳  昭和13年生
米寿(べいじゅ)  「米」を分解すると「八十八」と書くことから   88歳

 昭和5年

卒寿(そつじゅ)  「卒」を略字で「卆」と書くことから   90歳

 昭和3年

白寿(はくじゅ)  「百」から一を取ると「白」という字になることから    99歳  大正8年生

お祝いの年を無事に迎えられたことに感謝し、これからも清々しくお過ごしになられますようお祈り致します。

 

※必要な方はご利用ください。

・厄年表はこちら→PDFファイル

・数え年表はこちら→PDFファイル

・干支早見表はこちら→PDFファイル

今年の漢字

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-12-24 15:41

去る12月20日、当会忘年会を開催致しました。

 

とは言っても、全員とゆっくり話す時間も無いしなぁ・・・

 

そ・こ・で!

平成28年を漢字一文字で表現していただきました。

 

 

 

                              神主一年生。

 

 

                              家族になろうよ。

 

                              そして父となる。

 

 

さらに2児の父となる。

 

みんながいるじゃないか!                      鳴くまで待とうホトトギス。

 

新天地。                                 神楽三昧。

 

見つけにくいものですか?                      ブレるなよ!

 

ついて行けた!?                           サーファー?

 

一本足して”幸”に。                          苦しまなければ喜びはない。

 

改めて自然の恐ろしさを。                      逃げ恥?

 

100人できたかな?                         全ては会長の為に。

 

いよいよ前厄。                            カムトゥルー。

 

 

前進あるのみ。                            時には退くも良し。

 

届いた?                                思い残すことはないね。                            

 

何よりです。                              また来年も!

 

みんなありがとう。                          みんなゴメンナサイ・・・

 

何だか皆がそれぞれに生きてるんだなぁと改めて考えさせられました。

 

本年が良かった人、あまり良くなかった人とそれぞれでしょうが、

年の最後に皆が集い、終始笑い声の絶えないひとときを過ごせることは

本当に有難いものです。 

 

さぁいよいよお正月。

賑々しい氏神さまのご社頭にて、健やかに新年をお迎えいただきますよう

心からご祈念申し上げます。

 

良いお年を!

女子神職の育児奮闘記です。

約1年ぶりの投稿になります。(前回はこちら

ではクリスマス問題編のはじまりはじまり・・・

 

早いもので、今年も残りわずかとなりました。

 

この時期にちょっと話題になることがある。

それは、『神主さんのクリスマス』
お坊さんのおうちでも同様だとか・・・
 

神社の子供の宿命とも言える、小さい頃からよく聞かれる質問がある。


「ふーちゃんちってクリスマスあると???」


「ツリーは、・・・あるよ(✧≖‿ゝ≖)ドヤァ」 (もらいもの・・・)
 

「ケーキも、・・・あるよ(✧≖‿ゝ≖)ドヤァ」 (毎年、親戚の関係で買っている・・・)

「え━━━(゚o゚〃)━━━!!!ふーちゃんち神社やろ!」

そして、この手の質問は母となった今も続く。
「おかあさ~ん、うちはクリスマスプレゼントなんでないと?」

「うちは神道だから(✧≖‿ゝ≖)ドヤァ」

 

と言うか、旦那さんの家も私の家もそういう習慣なかったし・・・

しかしながら、八百万の神々が坐します日本は海の外から来られた神様も尊び敬ってきた。

これは日本の文化だと思う。
お葬式でも、亡くなった方の信仰していた宗教にあわせ拝み故人を偲ぶ。
宗教はそれぞれだが偲ぶ心は同じ。
明治以前は「生きているうちは神社、おくりは仏」との言葉があり、

私の御先祖様も、明治以前は仏様のおちからによって黄泉の国へと旅立っただろう。

私が子供を宗教園に入園させたのも、どの宗教かというより、どの宗教でも敬い尊べるかが

人や物、目に見えぬもの全てに対する思いに繋がっていくのではないかなとの思いからである。

 

そしてさらに子供から、

「おかあさん、知ってる?サンタさんはお父さんとお母さんなんだよ!」

 

え!? 

 

どうもお友達情報らしいが、もはや宗教がどうのこうのではない・・・

 

「へぇ~・・・そうなの?」

 

他の家庭に影響を及ぼしかねないので下手なことは言えない。

そんなこんなで、行き着いたクリスマスプレゼントの問いへの答えは、
「クリスマスは、イエスキリスト様のご聖誕を祝うものでプレゼントをもらうイベントではない、

教会にいってお祈りしてきなさい!」

 

どうやら納得してくれた様子(;≧∇≦) =3 ホッ

ついこの間、妹から相談がきた。

「お姉ちゃん、子供からなぜうちにクリスマスプレゼントが来ないか聞かれたけどなんて答えてる?」

 

逆に何と答えたのか聞いたところ、

「○○くんちはお金持ちだからクリスマスプレゼントあるけど、うちは貧乏だからないよ。」

と、答えてしまったらしい。


いっそのこと、

「よそはよそ、うちはうち」の方がマシだったね・・・

 

何はともあれ、メリークリスマス!

 

そして、良いお年を<(_ _)>

 

続く・・・

教えて神主さん!㉓~一之宮?~

カテゴリ : 
教えて神主さん!
執筆 : 
office 2016-12-10 10:24

去る12月5日、午前10時より都農町大字川北鎮座される都農神社にて

例祭が斎行されました。

 

私も宮司の随行として、初めて参列させていただきました。

 

従来の申酉祭を改めた祭であり、前日とさらに祭典後に神楽の奉納もあったようです。

 

当会会員の2人も、新天地で神明奉仕に励んでいるようです。

 

12月とは言え、この日の最高気温は約20度・・・

 

約1時間の祭は、厳粛のうちに滞りなく斎行されました。

ご社頭益々のご隆昌と、氏子の皆様のご健勝を心からご祈念申し上げます。

誠にお目出度うございました。 

 

ところで、都農神社は『日向国一之宮』(ひゅうがのくにいちのみや)

 

一之宮ってなんでしょう???

 

一之宮は諸国の国内で、第一の地位を占めた神社であります。
平安時代後半からみられ、平安後期から中世に諸国の神社の中心的地位を占めました。
平安時代においては国司は、任国の国内の主要神社に神拝するのが例になっていました。
また諸国国内の神社の管理・祭祀は国司の任務であり、必要に応じて奉幣などを行うこととなっていました。このような神拝や任務の執行にあたって、便宜上行われた国内神社の序列化が、一之宮の起源ではないかと考えられています。
また、そうした国司の側の主導で成立したというのではなく、諸国国内において自然発生的に生じた神社の序列を国司の側が公認したものであろうとする見方もあります。

 

一之宮はその神社の勢力の推移、その他の理由によって時代により変わった例もあります。
また同等の崇敬を集めていた等の理由により、複数の神社が同時に一宮を称することもありました。さらに時代の推移により、一宮が不明となり数社が一宮と比定されたまま結論が出されないでいる国もあるようです。(神道辞典より)

 

実際に都農神社の神主さんに聞いてみると、

国司がその国に着任した際に、一番最初にお参りする神社が一之宮

との説が有力であるとのことでした。

 

 

当時の日向国の国府は現在の西都市都於郡でありますので、それならば近くに鎮座される

都萬神社が妥当ではないかとも考えられますが、都萬神社は二之宮なのです。

 

では、なぜ都農神社が一之宮に選ばれたのか?

 

①国司が赴任する際に、昔は船でその国に向かっていました。

その船着場が日向国では、現在の日向市美々津であり、そこから国府に向かう際の官道の一番北側にあったから。

 

②国府の鬼門にあたる方角に鎮座されていたから。

 

等々、諸説あるようです。

 

ちなみに、宮崎市に「一の宮町」という地名がありますが、これには恒久神社に関連しているとか・・・

恒久神社は、寛治4年4月、国富の荘園の鎮守として都万の宮を勧請したものです。

「都万の宮」、つまりは都萬神社のこと。

じゃあ、二の宮町やん!と思われるでしょうが、

当時の人々が都萬神社を一之宮と勘違いしていた、なんて話もあるそうです。 

 

話がそれましたが、いずれにしても、両社とも式内社でありますので、少なくとも当時から鎮座されていた歴史の古い神社であることは間違いありません。

 

一之宮は全国に全部で102社、108か所あるそうです。

 

その国の象徴とも言える一之宮。

機会がございましたら、是非お参りされては如何でしょうか・・・

 

あなたの国の一之宮は、どちらですか??? 

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