• カテゴリ 活動報告 の最新配信
  • RSS
  • RDF
  • ATOM

宮崎神青ブログ - 活動報告カテゴリのエントリ

熊本の元気をみんなへ

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2017-4-22 12:32

前回の続き(前回はブログはこちら

 

第一部に引き続き、「熊本の元気をみんなへ」をテーマとして復興イベントを開催致しました。

 

学校法人加寿美学園熊本中央高等学校
明治36(1903)年10月1日創立され、「良妻賢母」と創立100周年を契機に、男女共学とし「高志躬行」を校訓と掲げ、本年で113周年を迎える伝統ある学校です。
貞明皇后陛下御歌(大正天皇の皇后) 大正11年9月20日御下賜
いとどしく降り積む雪を千代ふべき松はものともおもはざるらむ
しっかりと大地に根をおろし、長い歳月風雪に耐え抜いてきた松の姿に、いくたびの艱難辛苦を乗り越えて、今日がある学校を例えられたものであります。

皇室から直接お目をかけていただいた数少ない学校の一つです。

 

吹奏楽部による演奏

部員数15名。
「やるときはやる、楽しむときは楽しむ」のけじめをつけ、家族のように仲良く楽しく日々の練習に取り組んでいます。去る3月20日には、初めての試みとして「第一回定期演奏会」が開催されました。

 

書道部による書道パフォーマンス

部員数7名。
書くときは熱く!勉強は教え合い!あとはのんびり楽しく!をモットーに揮毫大会、高校書道展に向けての作品制作、校外でのパフォーマンス書道、諸作品展への出品を行っています。
それぞれの進路に向かって勉強し、また書道以外の習い事とも両立しながら頑張れる活力ある部活動です。
今年度7月に開催される全国高等学校総合文化祭宮城大会に出場されます。

 

肥後神楽奉納

肥後神楽は熊本県の主に北部地域に広まっており、その起源は詳らかではありませんが、室町時代にはその名称があったとの記録もあり、何百年かの歴史があると推察されます。

十二座からなる肥後神楽の中から、各神社のご神宝の刀で舞う一人舞であり、神様の御神徳を称え奉る宝剣(ほうけん)の舞を奉納していただきました。

 

交聲曲「海道東征」 グルッポ・ヴィーヴォ海道東征合唱団

海道東征は北原白秋作詞、信時潔作曲。日本書紀や古事記を基に日本の創世記を謳った日本初のオーケストラと声楽が一体となった交聲曲で、皇紀二千六百年記念の祝典で演奏されました。

戦後はタブーとしてほとんど演奏されなかった曲ですが、北原白秋の第二の故郷である熊本県でやろうと決心され、現在では様々な場所で演奏されています。

 

済々黌応援団OBによる応援!

明治12年に創設された同心学舎に源を発し、明治15年に済々黌として創立、今年創立130有余年を誇る伝統ある学校です。

済々黌の応援団は、日本有数の歴史を誇る熱きバンカラ応援団で、2013年には55年ぶりに第85回センバツ高校野球大会にて応援団賞優秀賞を受賞されました。

熊本はもとより東北、さらには日本全国へエールを送っていただきました!

 

応援団ではありません・・・(笑)

 

「熊本よ、弥栄、弥栄、弥栄」

本事業の〆として神道青年全国協議会 長友安隆会長先導のもと弥栄を三唱致し、

予定されていた全てを滞りなく終えることができました。

 

向後とも早期復興へ向けて、九州各地の会員が共に手を携えて微力を尽くしていく所存でございますので、

皆様方には少しでもお心寄せをいただければ幸甚に存じます。

 

最後になりますが、ご協力いただきました関係各位に衷心より厚く御礼申し上げます。

 

がんばるけん!くまもとけん!

 


 

一年の節目に・・・

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2017-4-19 14:46

熊本地震発生より一年の節目にあたる4月14日、

熊本地震復興祈願祭を熊本県水前寺成趣園能楽殿にて斎行致しました。

 

主催 神道青年九州地区協議会

後援 九州各県神社庁連合会

 

協力 出水神社

神苑「成趣園」を境内とする出水神社は細川家歴代藩主を祀り、報恩の誠を捧げる有志により明治十一年に創建され、生活の守護神として御神徳を仰ぐ人々の参拝で終日賑わいをみせています。

 

趣旨

平成28年4月14日より発生した熊本県益城町を震源とした「熊本地震」より一年がたちます。今なお避難生活を余儀なくされ、様々な困難と隣り合わせで生活する被災者は数多く、元の生活に戻るには長い年月と多くの労力を要することが予想され、先行きの見えない未来に不安を感じられています。
しかしながら、当初は連日のように取り上げられていた現地の様子を伝える報道は日に日に減少し、同じ九州で生活している人々ですら、被災前と変わらない状況であるかのような錯覚を覚えてしまう現状にあります。
そこで、私たちは神職の本分である「まつり」によって、お亡くなりになられた御霊に対し慰霊の誠を捧げ、神々に対し祈りを捧げるべく「熊本地震復興祈願祭」を斎行することとなりました。また、これにあわせて「熊本の元気をみんなへ」をテーマとして音楽等の奉納演奏も行います。
本事業を通して、被災地の現状をより多くの人々に発信し、地震の記憶を風化させることなく、一人でも多くの人々が被災地に心を寄せ、復興への歩みを推し進める一助となることを心から願います。

 

第一部 午後1時 熊本地震復興祈願祭

参列者全員による大祓詞奏上

 

祭詞奏上

 

祭員一覧

氏名 単位会 奉務神社 所役
小野 眞一郎 大分県 早吸日女神社 斎主
平江 智仁 熊本県 松橋神社 陪膳 

戸川 健士

佐賀県 唐津神社 膳部 警蹕
貴島 吉紀 鹿児島県 花尾神社 祝詞後取 一の手長
佐師 正教 宮崎県 田ノ上八幡神社 斎主玉串後取 二の手長
幸山 慎太郎 熊本県 赤水白山比咩神社 前導 参列者玉串後取
西高辻 信宏 福岡県 太宰府天満宮 祓主
岩松 正高 長崎県 松島神社 大麻所役
村松 大輔 大分県 八幡朝見神社 塩湯所役
串間 慶士 宮崎県 宮崎神宮 典儀
内村 泰彰 熊本県 阿蘇神社 楽太鼓
秋永 一憲 大分県 雲八幡神社 鞨鼓
長友 貞治 福岡県 宗像大社 鉦鼓
山田 大輔 大分県 宇佐神宮 鳳笙
戸高 宗徳 福岡県 太宰府天満宮 鳳笙
是則 慶秀 福岡県 竃門神社 篳篥
野澤 佳穂子 長崎県 温泉神社 篳篥
吉武 誠礼 福岡県 宗像大社 龍笛
茶木 俊介 鹿児島県 鹿児島神宮 龍笛
磯畑 希充子   太宰府天満宮巫女 楽箏
今丑 いづみ 熊本県 健軍神社 舞人

 

 

浦安の舞

天地の神にぞ祈る朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を(昭和天皇御製)

 

祭典では、九州各県の名水をお供え致しました。

 

場所 品名
福岡県宗像市 天の真名井(あめのまない)
佐賀県神埼市 金剛水(こんごうすい)
長崎県島原市 江里神社の湧水(えりじんじゃのわきみず)
熊本県阿蘇市 神の水(かみのみず)
宮崎県高千穂町 塩井川の湧水(しおいがわのゆうすい)
鹿児島県垂水市 財宝(ざいほう)
沖縄県南城市 受水走水(うきんじゅはいんじゅのみず)

大分県別府市

萬太郎清水(まんたろうしみず)

 

熊本地震では、出水神社も鳥居の損壊など大きな被害を受けられました。

 

さらに成趣園池の水量も著しく減少。

 

現在でも水量は地震前の三分の一程度しか戻っていないようです。

 

世界一の地下水都市とも云われる熊本県。

これからか先も我々の生活にとって重要な水が、絶え間なく流れ続けますよう祈りつつ

祭典終了後には、水前寺保育園園児が成趣園池に上記の名水を献水致しました。

 

神代の昔、イザナギノミコトとイザナミノミコトは、大八島(日本列島)をお生みになり、さらに海や川、木や山、自然の風や霧などの森羅万象を司る多くの神々をお生みになりました。
爾来、日本人は神社や祭を通して自然と共存共栄し独自の文化を紡いできました。
もとより、人の力では為す術の無い自然に対して人々に与えられたのは祈りのみであり、全身全霊で祈るその意志の力によって守られることは多くあります。
日本国内の彼方此方、隅々にまでひっそりと鎮座される氏神さまは八万社を数えます。
当たり前という有難い日々に感謝の気持ちを忘れることなく、氏神さまでの日々の祈りや節目のおまつりを通して一人一人の小さな祈りが、日本の安寧へと繋がりますことを切に願うばかりであります。

 

第二部へ続く・・・

 

心に染みる雨

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2017-4-10 17:29

本日、午前10時より宮崎県護国神社例大祭が斎行されました。

恒例により当会からも数名が祭典奉仕、またお手伝いをさせていただきました。

 

桜は満開ながらも、昨年に引き続き雨となりました。

 

県内各地より遺族が多数参列されていました。

県内各地の氏神さまで斎行される例祭ですが、おそらく参列者は最も多いと思われます。

 

みたま慰めの舞

 

辺りを見渡す限り、ご高齢の方が多数見受けられました。

私自身、宮崎県神道青年会会長として玉串奉奠をさせていただきましたが、

その中ではおそらく最年少だったのではないかと・・・

勝手ながら若者代表として思いの丈を捧げ、今後の神青会の役割を強く

認識致しました。

 

祭典後の宮崎県戦没者等慰霊奉賛会総裁であります河野知事の挨拶でも

ありましたように、御英霊にとっては雨とは如何なるものだったのしょうか。

 

行軍を妨げる雨、太陽の光を奪う雨、渇きを潤す雨。

 

御英霊にとっては生死を左右する非常に重要なものであったのだと

深く考えさせられました。

普段何気なく考える天気ですが、本日は心に染みる雨となりました・・・

 

土砂降りに加えて、非常に肌寒い中での祭典でしたが恙なく斎行されました。

 

昨年8月15日に、当会では大東亜戦争終結七十年記念誌

「守ルベキモノ、伝ユベキモノ」を発刊致しました。

 

本日ばかりは改めて読み返していただき、現在の日本の礎となられた

御英霊に対して感謝の気持ちを新たにされまして、謹んで哀悼の意を捧げて

いただければ幸甚に存じます。

 

記念誌詳細はこちら(HPトップページからもダウンロードできます。)

ありがたや

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2017-3-22 18:30

去る平成28年3月16日、午前10時より当会御田植祭を斎行致しました。

(御神田行事についてはこちら

 

本来であれば平成29年度の事業になるのですが、今回の担当地区である

南那珂は早場米!とうことで3月の斎行となりました。

 

37回目にして、史上初となる串間市に於いて斎行。

 

斎主は河野保彦会員。(本城神社宮司)

 

スミマセン、散髪行きます・・・

 

祭典奉仕者

 

今日一の笑顔!

 

今日一のドヤ顔!

 

約2時間をかけて全て手植えすることができました。

 

3月9日のことですが、熊本県へ足を運びました。

崩壊した阿蘇大橋。

 

あれから一年を経ようとしていますが、倒壊したお社が未だ再建されていない

氏神さまが多数あるようです。

 

このような中において、串間市大字崎田地区の氏神さまである稲荷神社のお膝元で

御田植祭が例年と変わらぬ形で斎行できましたことは、本当に有難いことでした。

 

人の力では為す術のない自然に対し、また当たり前という大変有難い毎日に常に感謝の

気持ちを忘れることなく、皆が日々氏神さまに祈りを捧げていただければと思います。

 

最後になりますが、田長をお引き受けいただきました森永様をはじめ地域住民の方々、

さらには担当の南那珂地区会員の皆様に衷心より厚く御礼を申し上げます。

 

早場米ということで実りの秋ではなく、実りの夏になるようですが、皆様お揃いで賑々しく

抜穂祭が斎行されますことを心からご祈念申し上げます。

良いお年を

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-12-29 14:26

今年の漢字

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-12-24 15:41

去る12月20日、当会忘年会を開催致しました。

 

とは言っても、全員とゆっくり話す時間も無いしなぁ・・・

 

そ・こ・で!

平成28年を漢字一文字で表現していただきました。

 

 

 

                              神主一年生。

 

 

                              家族になろうよ。

 

                              そして父となる。

 

 

さらに2児の父となる。

 

みんながいるじゃないか!                      鳴くまで待とうホトトギス。

 

新天地。                                 神楽三昧。

 

見つけにくいものですか?                      ブレるなよ!

 

ついて行けた!?                           サーファー?

 

一本足して”幸”に。                          苦しまなければ喜びはない。

 

改めて自然の恐ろしさを。                      逃げ恥?

 

100人できたかな?                         全ては会長の為に。

 

いよいよ前厄。                            カムトゥルー。

 

 

前進あるのみ。                            時には退くも良し。

 

届いた?                                思い残すことはないね。                            

 

何よりです。                              また来年も!

 

みんなありがとう。                          みんなゴメンナサイ・・・

 

何だか皆がそれぞれに生きてるんだなぁと改めて考えさせられました。

 

本年が良かった人、あまり良くなかった人とそれぞれでしょうが、

年の最後に皆が集い、終始笑い声の絶えないひとときを過ごせることは

本当に有難いものです。 

 

さぁいよいよお正月。

賑々しい氏神さまのご社頭にて、健やかに新年をお迎えいただきますよう

心からご祈念申し上げます。

 

良いお年を!

誰もいない・・・

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-11-17 20:26

去る11月4日、西都市寒川に鎮座する天神社をお参り致しました。

 

当会では、平成24年4月、古事記編纂千三百年の佳節にあたりホームページを開設し、これに併せて、県内650社すべての神社を掲載すべく、各神社をお参り、調査、撮影を行う教化委員会を中心とした組織「宮巡隊」を結成し、これまでに約630社に足を運びました。
山頂付近、池のほとり、森の奥深くなど、おおよそ普段は人が立ち入らないような場所にまでひっそりと鎮座される氏神様を数多く見てきましたが、その中でも他に類を見ないのが西都市寒川地区に鎮座される天神社であります。

 

午前9時に新富町鎮座の春日神社を出発

 

???

 

???

 

旧寒川小中学校

 

校歌

 

教室

 

えっ?何の写真?と思われた方もいらっしゃるでしょうが、寒川地区は平成元年3月に最後の住民が集団離村し、400年の歴史に幕を下ろした地区なのであります。

しかしながら、天神社は今なお鎮座され、例祭には旧村民が参列され、毎年欠かさず斎行されているのです。

 

神社は旧集落の上に鎮座されています。

 

なかなかの急斜面でした。

 

道という道はありません。

 

なかにはこんな箇所も・・・

 

歩くこと約15分くらいだったでしょうか、石鳥居が見えてきました。

 

さらに進むと、倒れかけている木造鳥居発見。

 

ついに到着!

 

殿内の床は、ところどころ腐っていました。

 

お参りを終え、いよいよ清掃開始。

思いの外と言っては失礼ですが、それほど荒れた果てた様子はありませんでした。

 

倒木処理

 

1時間半ほど清掃を行い、会長たっての希望で昼食は持参したおにぎり等を

氏神さま付近で、おいしくいただきました!

 

伊東宮司様には大変お忙しい中にも拘わりませず、神社までの案内、さらには持参した

おにぎりまでご一緒に食べていただき、誠にありがとうございました。

衷心より厚く御礼申し上げます。


宮崎県では、平成27年2月末時点で、集落の半数以上が65歳以上を占める限界集落が19市町村127集落にのぼり、今後増加の一途を辿る事が懸念されています。集落の消滅は、神社の消滅に直結すると言っても過言ではなく、単純に言えば宮崎県内650社のうち約5分の1が存続の危機に瀕しているということであります。

今回は宮巡隊第一次総括として、県内唯一とも言える廃村地区に鎮座される天神社を参拝し、清掃奉仕を行うことで、消滅集落における神社の現状を会員自らに感じてもらうべく開催致しました。

神社人としての自覚を強く持ち、本事業をきっかけとして、人口変動による神社が抱える問題と真摯に向き合い、解決への一助となることを願うばかりであります。

 

誰もいなくなって、もうすぐ30年。

 

氏神さまは何を思われるのでしょうか・・・

よねよし、米良し。

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-10-19 10:23

あれから4ヶ月・・・

 

去る10月14日、午前10時より第36回献穀御神田行事抜穂祭を斎行致しました。

 

昨年に引き続き、またもや雨・・・

 

米良の地名は、米良神社のご祭神磐長姫命(いわながひめのみこと)が、

この地区でお米を作られた際に、よねよし、よねよし(米良し)と言われたことに

由来するそうであります。

 

今回収穫したお米は、先ずは10月15日~17日に伊勢の神宮にて斎行されます神嘗祭に

お供え致しました。

とは言っても、抜穂祭翌日の事でしたので、事前に抜き取った稲穂をお送り致しました。

この神嘗祭は、その年に収穫された新穀を最初に天照大御神にささげて、御恵みに感謝する

お祭りで、年間千五百回に及ぶ神宮の恒例のお祭りの中でも、最も重要なお祭りであります。

 

田長の上米良文吉様。

 

田長の「刈りませ~」の掛け声のもと、稲刈り開始!

 

全て手刈り、かけ干しまで予定をしていましたが、雨の影響により今回は一部を

苅り取るのみとなりました。

 

もしかして雨男???

 

直会!

おにぎりは田長様の田んぼで穫れたお米、通称「文ちゃん米」を使用とのこと!

 

11月23日には、各神社において新穀を神様にお供えし、感謝申し上げる

新嘗祭(にいなめさい)が斎行されます。

この祭は天皇陛下御自らも斎行されるもので、その日までは陛下は新米を口になさるのを

控えていらっしゃるとのことでございます。
 

物が溢れ、季節を問わずに色々なものを食することができる時代ではありますが、

陛下のお姿を見習い、神職として祭を通して、我が国の基である米作りや日本人の精神を

受け継いでいく覚悟を尚一層強くしたところでございます。
 

最後になりますが、本事業に対しまして、ご理解ご協力を賜りました田長の上米良文吉さまをはじめ地域住民の方々、準備等々お世話いただきました児湯地区会員の皆様に心から感謝を申し上げ、さらにはこの小川地区が氏神さまである米良神社を中心として弥益々にお栄えになりますことをご祈念申し上げます。

(当日の写真はこちら

 

 

 

忘れないこと

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-10-3 17:57

去る9月13日、「知ろう学ぼう災害の歴史と氏神さま」と題して研修会を

日南市鵜戸神宮にて開催致しました。

 

 

趣旨

古より我が国は、自然と共存共栄し独自の文化を形成してきた。この自然との営み方は自然環境、生活様式が如何に変化しようとも決して忘れてはならないものである。
しかしながら、災害大国とも言われる我が国は、昨今の東日本大震災・熊本地震をはじめとした想像を超える自然の猛威により、幾度となく被害を受け多くの命が失われてきた歴史がある。
もとより、人の力では為す術のない自然に対して我々にできることは日々の祈りであり、地域の人々が祈りを捧げる場が氏神さまである。氏神さまと共にある地域の歴史を顧み、先人達より受け継がれてきた教訓を再認識し、防災や災害に対する意識向上への一助となるべく本研修会を開催する。

 

開会に先立ち正式参拝

 

研修内容

①各地区「災害の歴史調査報告会」
・宮 崎 外所地震被害について 
・県 北 平成十七年台風十四号による高千穂鉄道廃線、水害について
・児 湯 平成十七年台風十四号による水害について
・都 城 新燃岳噴火(享保噴火、平成噴火)について
・南那珂 外所地震による飫肥城の被害について 鵜戸神宮台風被害について

 

本研修は、各地区の過去の災害の歴史を調査していただき、発表していただくことに重点を

置きました。講義で得る知識とは違い、自らが調査して得る知識では一味違ったものがあると

思いこのような形式を取りました。

 

 

②熊本地震について  内村泰彰氏(熊本県神道青年会会長) 

              小林雄彦氏(熊本県神道青年会事務局長)

 

本来であれば私たちが熊本へ足を運び、話を伺うところですが、ご無理をお願いして、

宮崎へお越し頂き貴重なお話を聞くことができました。

復興へはまだまだ時間を要するようですが、少しでも力になれればと感じました。

阿蘇神社ホームページはこちら

木山神宮フェイスブックはこちら


③災害時の保険の対応について JA共済保険担当者
 

④災害後の事務手続きについて 伊東健治氏(鵜戸神宮禰宜・当会第十八代会長) 

 

研修会を終えて感じたことは、やはり人間忘れるものだと・・・

数年前の台風の被害ですら、そんな事あったっけ?と思った自分がいました。

 

いつまでも忘れないこと。

簡単そうで非常に難しいことでありますが、先ずはそこからです。

その上で、会員の皆様には災害への備え、災害後の対応はもとより、神社人として如何に

あるべきかを十分に考えていただき、その答えを見出していただければと思います。

最後になりますが、研修会開催にあたり、ご協力を賜りました鵜戸神宮様、準備等々

お世話いただきました南那珂地区会員の皆様に心から感謝を申し上げます。

当日の写真はこちら

守ルベキモノ、伝ユベキモノ。

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
office 2016-9-15 11:49

去る8月15日、当会の大東亜戦争終結七十年記念事業として準備を進めておりました

『大東亜戦争終結七十年記念誌~守ルベキモノ、伝ユベキモノ。~』を上梓することができました。

 


 

殊に本書内の県内慰霊碑等につきましては、各会員が現地へ足を運び調査撮影を行い、また各遺族会関係者にお話を伺うことで、心のどこかで遠い昔に遠い国で起こったかのように感じていた先の大戦を、より身近に感じるようになりました。

各々が得たものを、これから先の英霊顕彰はもとより諸活動に生かして参る所存でございます。

 

機会がございましたら、是非ご高覧いただければ幸甚に存じます。

 

【発刊趣意書】

昭和三十年三月十一日の宮崎神宮日誌を紐解くと、次のよう書かれています。
昭和三十年三月十一日 金曜日 晴れ
一、護国神社鎮座奉祝祭 午前十時
宮司以下奉仕(齋服) 伶人(笛、篳篥二管立、笙、鞨鼓、太鼓)七人外ニ琴
縣神社庁支部長九名参列(齋服)
奉賛会総裁田中縣知事、奉賛会長日髙県議会議長、宮崎縣遺族会長外市町村関係者、遺族壱萬伍阡名参列 社前廣場を埋む、歡喜に沸く
一、祭典終了後、宮司、知事、縣議長、縣遺族会長の挨拶あり、一同隨喜の涙をながす
一、神職退下後遺族に本殿石階下まで参入参拜を許す、遺族の感激一入なり
一、午後西神苑にて、相撲、剣道、弓道の奉納試合あり、風もなく照りつけもせず暖き春日和に恵まれて、神苑は午後四時頃まで賑ふ
参列者一五,〇〇〇名とあることからも、県民が如何にこの日を待ち望んでいたか、護国神社の創建が県民の切なる願いであったことが伺えます。


また、宮崎県護國神社社務所には、昭和三十八年三月十日(現在は四月十日)例大祭の写真が飾ってあります。巫女が「みたま和め」の舞を奉奏しており、その後ろにはご遺族をはじめとした参列者が、境内を埋めつくしています。全員が立ったままでの参列であり、その多さは現在では想像もつかないものであります。

しかしながら、現在では遺族の高齢化とともに参拝者は年々減少の一途を辿り、さらには各地に点在する忠霊塔、慰霊碑においての祭典が滞っているとの話も耳にします。この状況に危機感を抱き、戦没者遺族の意思を継承をすべく、御英霊の孫、曾孫を中心とした組織が設立されるなど新たな活動も行われいるようです。

大東亜戦争終結七十年の節目にあたり、宮崎県神道青年会といたしまして、靖国神社をはじめ全国の指定護国神社、宮崎県内の慰霊碑を一冊の本に纏め発刊致したく存じます。期するところは、ご英霊の顕彰はもちろんのことながら、神職の本分である「祭り」を遺族の方々と共に、絶やすことなく、恙なく斎行していくための一助にならうものに他なりません。

 

【目次】

 

【あとがき】

その記事を目にしたのは、今から五年ほど前でありました。

宮司は県より終戦の事実を知らされると全職員を集め、

 「自分らが神職であることを自覚せよ、また、今後どのようにして大神さまの御心に

  添い奉るかを各々充分に考へてその結論を報告せよ」
宮崎神宮史に掲載されていた終戦当日の話であります。敗戦という国史上未曾有の危機に際しての問いに、当時の私は結論に至ることはできませんでした。
 

しかしながら、日々の奉仕や今回の大東亜戦争終結七十年の事業を通して、それはやはり祭なのではないかと考えるようになりました。神職の本分である祭、すぐにこの結論に至らなかった私が、如何に徒に時を重ねていたか、神職としての自覚の低さを唯々情けなく思うばかりであります。
 

神社新報の第一号「創刊の辞」にはこう記されていたそうです。
「一言にしていふならば、日本人の宗教的真心の結晶が神社として成立してゐるのである。」
神社を取り巻く環境が変化しようとも、我々は覚悟を持って氏神さまや祭を通して日本人の心を守り、次世代へと伝える使命があるのだと思います。各地域の祈りが、御英霊が願って止まなかった美しい祖国の繁栄はもとより世界の共存共栄へと繋がりますことを切に祈念致します。

 

最後に本誌発刊にあたりまして、ご理解とご協力を賜りました関係各位、尽力いただきました会員一同に対して、心から感謝を申し上げます。

 平成二十八年八月十五日

宮崎県神道青年会会長 串 間 慶 士