宮崎神青ブログ - 後継者北方領土四島交流訪問事業④

後継者北方領土四島交流訪問事業④

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その他
執筆 : 
sashi 2019-10-1 19:36

鳥〇先輩

 

投稿遅くなり申し訳ございません。

 

心なしか文字数減ってきてるような・・・

 

 

~第四話~ 夕食終了後、親睦を深めるため十九時より懇親会を開催するとの通達があり、一旦各自部屋へと戻り入浴などを済ませる。夕刻甲板にて船に掲げた「日の丸」と夕日のコントラストは絶妙。また浴室には窓があり、そこから見える景色は、遥かに広がる水平線・色丹の島影。なんとも言い難い絶景である。

 

 

 

懇親会場に行くと、隊長の買い込んできた大量のビール。各自持ち寄った酒類。テーブルはどこもかしこも酒・酒・酒である。隊長による乾杯の発声は「酒類は大量に買ってきてありますので、皆さん飲んで親睦を深めましょう。ただし、先日お酒の飲みすぎで問題になった隊員がいましたので、くれぐれもそこだけは気を付けて、、、乾杯!!」

確かに。我々の上陸作戦の前に酩酊になって問題になったとか、ならなかったとか、、、。 就寝時刻の二十一時までという規則で懇親会はスタート。いよいよ明日に迫った上陸のためか、みな気持ちの高ぶりを隠しきれない。同じ班以外の隊員とゆっくり話すいい機会であった。熱き想いを抱きし隊員たち。酒の力は偉大である。最初は同じ班同士の隊員ぐらいで飲んでいたのが、三十分もすれば一つのテーブルを何人もで囲み熱い討論を始める。意見は十人十色。しかし根底にある「四島の帰属返還」ここだけは隊員皆の共通の願いであることは間違いなかった。

懇親会の中で語った元島民・得能宏さんの話は実に印象深かった。 得能さんは数年前、色丹島に住むロシア人より一通の手紙を受けっとった。その中には、昔この島に日本人が住んでいたことを知ったロシア人がこの島に住んでいた方と「友達になりたい」と書かれていたそうである。手紙の主は四十代の男性。得能さんは「友達という歳ではないから、親子の契りを交わそう」と返信した。それから時を経て、得能さんとトマソンさん(手紙の主)は北対協主催の交流事業や手紙を通じ親交を深め、親子の契りを交わしたとのこと。本当の親子にはなれないが二人の心は親子として繋がっている。トマソンさんとその息子は得能さんのことを、「日本のお父さん、日本のおじいちゃん」と呼ぶ。

明日上陸の際には岸壁までトマソンさんとその息子が出迎えに来てくれると、意気揚々と話される。切なくも心温まる話に皆惹かれていった。

酒を注げば二時間なんてあっという間である。二十一時頃には用意されたビールは無くなり、持ち寄った地酒ものこり僅か。隊長の締めの挨拶は「明日の分のビールが無くなりました。まさか無くなるなんて思いもしませんでした」とのこと。今回の隊員は相当飲むらしい。隊長飲みすぎてすみません。 いよいよ上陸の朝。起床時間は五時。(根室より距離もあるので色丹島の時計は七時を指す) 甲板に出ると生憎の曇り空。水平線に浮かぶ朝日を期待したが叶わなかった。上陸に際し身を清めようと浴室に向い禊を行う。(けして飲みすぎで気持ち悪いのを取り除こうとしての朝風呂ではありません。) 朝食を済ませ接岸の時を待つ。

 

 

 

岸壁には明らかに体格の違う迷彩服を着たイカツイロシア人が数人。

同室のA君。「やっぱこの人達強いんですかね~?一発ぶん殴ったらどうなるんですかね~?」 いや、やめて、だめ、絶対やめてね、、、おねがいします。 A君はその昔、〇〇帝国大学と呼ばれた大学に通う青年。しかも超がつくほどいい子なんです。さすがに耳を疑った。

さて、いよいよ接岸を終え、隊員番号順に整列しI教官の点呼のままに上陸していく。 隊員番号15番!!

私はいよいよ念願の色丹島上陸を果たした。

 

五話へ続く

 

※三枚目の写真は、懇切丁寧に島の様子を説明下さる得能さんです。

 

 

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