宮崎神青ブログ - 国安かれと

国安かれと

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活動報告
執筆 : 
office 2016-6-29 16:53

去る6月7日、神道青年全国協議会主催による

神武天皇二千六百年記念事業「国家安寧祈願祭」が

奈良県橿原神宮にて斎行されました。

 

(橿原神宮についてはこちら

 

前日には神武天皇陵参拝。

 

趣旨
明治天皇御製
橿原のとほつみおやの宮柱 たてそめしより国はうごかず

我が国は本年で紀元二千六百七十六年を迎へた。数ある国々の中で二千六百七十六年に亘る歴史を有す国はさうはないであらう。我が国建国の原点は橿原の地にあり、この地において初めて国の柱、国の基礎が建てられた。以後、我が国は揺るぐことはなく建国より今へと続く我が国を誇りに思ふ。
神倭伊波礼琵古命は神武東征を成し遂げた後、畝傍山の東南、橿原の地において第一代神武天皇として即位され、「六合を兼ねて都を開き八紘をおほひて宇となさむ」との詔を下された。我々や世の中に存在するすべての物が睦み合ひ平穏な世界にしてゆくべきであると示したものである。この意志は建国以来、絶へることなく今へと続く。神武天皇が崩御されてより二千六百年となる本年、その聖德を偲ぶと共に御事績を顕彰し、次代の安寧を願ふことは我々の使命である。
昭和十五年には紀元二千六百年の行事や神事が国家の祝典として挙行されたが、戦後はいはゆる神道指令の影響により、神道に関連するものは一切排除され、紀元が使用されなくなるばかりか、紀元節も廃止の憂き目に遭ふこととなった。先輩諸賢の尽力により、建国記念の日として復活を果たしたものの、現在、その意義にかかる国民の関心は決して高いとは言へない。神話や伝承を排除し信仰を忘却させることは、日本人としての精神性を欠落させ、やがて国としての誇りをも失ふこととなる。
来る紀元二千七百年が国民挙げての奉祝となるやう時流を作ることは、我々青年神職の役目である。今ここに神武天皇の聖徳に改めて想ひを致し、橿原の地において、日本民族としての誇りを恢復し、我が国の根幹を確固たるものに修り固めなすべく、本事業を展開するものである。

 

橿原神宮久保田宮司様をはじめ、全国各地より百名を超える会員が集っての奉仕となりました。

(写真はこちら

 

個人的には本年3月に引き続き、またとない貴重な経験をさせていただきました。

 

祭典を終え、頭の中には家族のことが思い浮かびました。

 

昨年は大東亜戦争終結より七十年の節目でありました。

戦場に散華した英霊は、国の為に二つとない命を捧げ国を護ることが、

家族の安寧に繋がると考られたと思います。

 

時代は違えど、その根底は自分にも受け継がれていると実感致しました。

 

国家の安寧、国を護る・・・

現代においてこのことを日常生活の中で考える人は、そうそういないと思います。

 

しかしながら、国家=家族の集合体と考えると、各々が無意識のうちに実践しているのかもしれませんね。

 

建国より二千六百七十六年。

先人達より受け継がれきたものの上に、今を生きる我々の思いや行動が積み重なり、

我が国が弥益々に栄えますことを祈るばかりであります。

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