宮崎神青ブログ - 最新エントリー

南那珂ブロック会 リモート勉強会

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-10-27 14:46

 

今回、宮崎県神道青年会として初めての試みとなる

ZOOMを使用したリモートによる勉強会を開催しました。

参加会員は、約40名

勉強会内容は、鵜戸神宮 期待の女性神職 岩切出仕にご報告していただきます。

 

 

 

去る、10月23日(金)20時よりリモートにて南那珂ブロック会が行われました。

本来ならば今年は『鎮魂』について学ぶ予定でしたが、

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、今年のブロック会はリモートにて、

事前に出されたアンケートを「新型コロナウイルス対策」について下記の内容を協議しました。

 

〇アンケート結果を基にした各神社の状況

・流行した時は、参拝者が激減し、境内を見渡した時閑散した状態だった。

・一部の神社では、キキタビが始まり朱印授与数が例年通りに戻ってきた。

・参拝者・祈願者も減ったので、社頭収入が減った。

・祭典の参列者案内の中止、祭員の削減、直会の中止を行った。

 

〇各神社のコロナ対策

・マスク・フェイスシールドを着用しての神事  ➝マスクを着用しての神事は、声が籠って聞こえづらくならないか心配ではあるが、フェイスシールドだと声が籠ることもなく便利なので活用している神社もある。

・「三密を避ける、マスクの着用、消毒の徹底」の3つを常に心掛けている。

・授与所に飛沫防止のビニールを設置している。

・手水舎の水を抜き、柄杓を回収している。

・社頭に消毒液を設置している。

・玉串での接触感染を避けるために、玉串の代わりに使いきりのお米を使う。

・祈願の時、拝殿をビニールで仕切る。

・職員内でコロナが発生した場合を考え、勤務体制を2班に分ける。 〇コロナ感染者確認時の対応

・すぐに保健所、市に報告し行政の指示に従う。

・本庁通達にあった通りに従う。

 

〇正月に向けてのコロナ対策

・分散参拝の案内(授与所で分散参拝の案内文書を渡す、市に広告してもらう)

・授与品の一覧表を境内に貼り、授与所で悩む時間を少なくする。

・参道を一方通行にする。

・正月の授与品を年内から授与する。

 

 

 

今回のブロック会を参考に、参拝者の皆様に安心してご参拝いただけるよう、県内の神社でも新型コロナウイルス感染対策をより一層強化し、一刻も早い終息をお祈り申し上げます。

 

画像真ん中のマイクの会員気になりますね・・・

 

いいね!御守り~⑨~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-10-20 17:31

今回、ご紹介しますのは、

延岡市に鎮座します

春日神社の御守りです。

 

神社沿革 

御祭神

天児屋根命 武甕槌神 齋主命 姫大神 外五神を祀る

 

御由緒 

此の地は上古五ヶ瀬川の中島にありて荒瀬宮と称せり祭神四柱の大神は畏くも皇祖瓊々杵尊、日向高千穂久志布流峰に降り給ひ其後吾田の笠沙御前に遷り給ふ時の随神英傑の神々にして古来笠沙山の麓に齋ひ祀る 今より壱千貳百五拾余年前人皇四十四代元正天皇の御宇養老二年当國守護大神大納言惟資神殿を建立し祭日を定む之即ち産土神にして春日大明神と崇め奉る 爾後領主土持公高橋公以降有馬三浦牧野内藤の歴代藩主と共に領民の崇敬厚かりき御社なり 廃藩後明治四年社号を恒富神社と改称す降って昭和四十三年に至り古来の稱、春日神社に復元し現在縣北に於ける尊崇深き御社なり (案内板より)

 

楠神開運守り(くすがみかいうんまもり)

 

初穂料 700円

 

春日神社創建1300年を記念して当社の神鹿をモチーフに調製された御守りです。

開運の御守りとして若い方からご年配の方まで幅広く受けられています。

 

 

第40回 御神田行事 抜穂祭

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-10-15 14:33

 

 

今回は、御神田行事 抜穂祭を斎行しましたので、

ご報告します。

当日、祭典に出席出来ませんでしたので、本年度より 当会会員になりました、

日南市北郷町に鎮座します潮嶽神社 禰宜 佐師正康会員に原稿を 依頼しました。

ちなみに正康会員は、伊勢の神宮でご奉仕されており当会期待の若手です。

 

去る10月13日(火)に宮崎県延岡市北方町にて御神田行事「抜穂祭」を斎行しました。

この献穀の御神田行事は、昭和56年当会第7代長友隆二会長(元青島神社名誉宮司)時代に始められ、今年で40回目を向かえる伝統行事です。

第1回目の御神田行事から神道と稲作との関わりを内外に向けて広く後世に伝えようと毎年継続して行われる祭事です。

 

今年は県北支部が担当し、宮崎県延岡市北方町椎畑の原口留吉さんの約20アールの水田を斎田と定め、6月9日の御田植祭から始まり9月15日に風鎮祭・除蝗祈願祭を経て、この秋に抜穂祭を斎行することが出来ました。

祭名にある抜穂(ぬきほ)とは、大昔まだ鋭利な鎌がない時代に稲穂を一本ずつ抜き取っていたころの名残りと考えられており、古くは伊勢の神宮において祭儀を纏めた『皇太神宮儀式帳』(804)にも「大神の御田の稲を抜穂に抜て」と伺え、今から1200年以上前から現代に伝えられている言葉です。

抜穂祭では一連の祭儀を終え、黒木会長を始め来賓の方々が玉串を捧げて黄金色に輝く稲の実りを大神様に感謝した後、刈女と当会会員によって一株一株ていねいに刈り取りました。

収穫した御初穂は、10月15日~17日に伊勢の神宮にて斎行されます神嘗祭にお供えすると共に、宮中と靖国神社そして宮崎県内約650社に奉納します。

最後になりますが、本事業に際しまして、ご理解ご協力を賜りました田長の原口さんをはじめ地域の方々、また諸準備等いただきました地区会員の皆様に心から感謝を申し上げますと共に、県内の各氏神さまを中心として収穫した黄金に輝く稲穂のように今後、弥益々に栄えます事をご祈念申し上げます。

 

 御神田

 祭典

斎主 佐藤副会長

縣税奉納

抜穂

 

当会会員

 

 

いいね!御守り~⑧~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-8-3 17:27

今回ご紹介しますのは、

 

児湯地区都農町に鎮座します

 

都農神社の御守りです。

 

御祭神

 大 己 貴 命( 別名 : 大国主命 )

 

由緒

創建されたのは御即位6年前の神武天皇が宮崎の宮を発し東遷の折、此の地に立ち寄り、国土平安、海上平穏、武運長久を祈念し御祭神を鎮祭された事と伝えられる。 旧記によれば、日向国の第一の大社であったが、天正年間の島津・大友の争乱の際、大友氏の兵火により社殿・宝物・古文書等全てを焼失したものの、御神体は尾鈴山麓に避難され難を逃れた。争乱後は長年社殿の再興も無く小さな祠があるのみであった。元禄5年に秋月藩主 秋月種政が再興し、安政6年には篤志家の社殿の寄進があった。その後、社殿の老朽化に伴い平成14年に「御造営奉賛会」が設立され、平成19年7月7日に現在の社殿が竣成されたのである。

 

御本殿

 

御守り

 

御祭神に所縁のあるネズミとウサギは、12支の丑寅(鬼門)の方角を挟み込むように配されていることから、鬼門封じ、また災難封じなどのご利益がある御守りとして人気です。

 

初穂料 700円

 

いいね!御守り~⑦~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-7-14 9:20

今回ご紹介しますのは

 

宮崎市に鎮座します 江田神社の御守りです。

 

 

由緒

「みそぎ発祥の地」「祝詞発祥の地」として知られる江田神社。その歴史は非常に古く、10世紀の初期に記された『延喜式』にもその名を見ることができます。 日本最初の夫婦と言われる伊邪那岐命(いざなぎのみこと)と 伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っており、良縁を願う参拝者が多く訪れます。 同じ敷地内には、伊邪那岐命が黄泉の国で穢れた体を清めるために身を沈めた「みそぎ池」があり、この地で天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読尊(つくよみのみこと)、素盞鳴尊(すさのおのみこと)の3神を生み出したと伝わります。 また、強いパワーを持つと言われる御神木が2つあり、1つは社殿左側に植えられた招霊木(おがたまのき)は天岩戸伝説に登場する赤い実をつける木。もう1つは大きなクスノキで、木の下の方にあるコブに触れると強運を得られると言われています。

 

御本殿

 

みそぎ池

 

御守り

 

禊祓とんぼ玉守り

当社御祭神の伊邪那岐尊は、禊を行い黄泉の国で穢れた身体を祓い清めました。

この故事に肖り身体健全・開運厄除の御神徳が込められた御守りです。

 

 

いいね! 御守り ~⑥~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-6-14 10:23

 

今回ご紹介しますのは、

 

県南地区  日南市榎原に鎮座します

 

榎原神社のお守りです。

 

御祭神

天照大神

天忍穂耳命

彦火瓊瓊杵命

彦火火出見命

鵜鷀草葺不合命

神日本磐余彦命

 

由緒

万治元年(1658年)、 当時神女として崇められていた内田万寿姫の進言によって 第三代飫肥藩主伊藤大和守祐久公が鵜戸神宮のご分霊を勧請して 代々藩主の崇敬斜ならず爾来官幣大社の鵜戸神宮と並称して 飫肥の御両社とし、藩内護国の鎮守として創建された 古くから縁結びの神様として親しまれ、 境内には樹齢約六〇〇年の大楠(男楠、女楠)が 寄り添うように聳え立つ また、朱塗りの本殿と鐘楼、楼門は 県の有形文化財に指定されている 摂社桜井神社は神女内田萬寿姫を祀る

 

【本殿写真】

 

 

『縁結びお守り』

 

数多の結び事が叶うようにと 紐を結んだ時の形状にしたお守り 桜模様が施してある

 

 

第40回 御田植祭

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-6-13 18:37

令和2年度

はじめての投稿です。

本来ならば、4月の総会後に投稿予定でしたが、

新型コロナウイルス感染拡大を受け、

当会の事業や会議等 なかなか開催が

出来ない状況でしたのでご了承ください。

 

さて、新型コロナウイルスの影響により開催も危ぶまれていた

 

宮崎県神道青年会 第40回御田植祭を

 

6月9日に滞りなく 斎行できましたことを

 

ご報告致します。

 

 

場所は、県北地区 延岡市北方町

御神田

 

当日は、梅雨らしい天候の中での祭典となりました。

祭典の様子

 

水口奉幣の儀

 

玉串奉奠

 

今回、田主・田長を引き受けていただきましたのは、

原口 留吉様です。

数カ月間宜しくお願いします。

 

 田起こしの儀

 

祭典奉仕者

 

コロナの感染も収束の兆しが見えますが、

まだまだ予断出来ない 状況が

しばらくは続くのではないでしょうか。

皆様におかれましてはくれぐれもご自愛ください。

 

会員の皆さん

黒木会長は元気でした…

 

ただ自粛のせいか白髪が増えた感じ

 

 

いいね! 御守り ~⑤~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-3-14 17:41

 

今回ご紹介するのは、

 

西諸県郡高原町大字後川内に鎮座されいる

 

霞神社のお守りです。

 

神社由緒

 

霞神社は、古くから農業、畜産、商売繁盛、縁結びなどの神様として旧くから知られております。

御祭神は大己貴命、少彦名命、保食命の三御柱を祀る。 天保十四年刊の「三国名勝図会」によれば「・・・五色の蛇ありて、巌隙に栖む、これを神と崇めて、別に祠廟を設けず、是、霧島六所権現の使神なりといへり、故に六所権現へ参詣する者は、必ず茲に参詣せり、参詣の者、彼蛇を見る時は、神縁を得るとて、殊に歓喜すとかや、祭祀三月十五日、九月十五日、祭式には、白砂を供す、文化十二年、大信公(注:島津重豪)、神事を新修して、神徳院別当とし、郡山邑、花尾大権現社の大宮司に命じて、祭祀を管轄せしむ」と当神社について記載されております。

当神社は神仏混淆の修験道と深く関わりを有し、その名残が「霞権現」の名前や、石碑などにその痕跡をとどめることができます。 神仏混淆の修験道は、七世紀頃に始まっており、その後霧島連山を中心とする一帯にも広がり、霧島六所権現と云われる諸社が形成され、当社もその一郭に修験者の縄張りとして修験者達の行動域に組み入れられたと想像できます。 因みに“霞”とは修験道の用語として“縄張り”を意味すると云われております。 「三国名勝図会」にも記されておる様に、当神社には体長三十センチメートルほどの白蛇が御神殿裏の岩窟の中に棲息し、今日でも神縁を得ようと岩の間隙に目をやる参詣者の姿を多く見掛けます。

 

 

霞神社のお守りには全て白蛇が刺繍されています。

 

また正絹という高級な絹を使っているのが特徴です。

 

上記、お守りの初穂料は、1000円です。

 

これから新緑の季節を迎え、境内からの景観は大変すばらしいです。

 

是非ご参拝の上、ご自身に合うお守りを見つけて下さい。

 

 

 

 

南那珂神青清掃活動

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活動報告
執筆 : 
sashi 2020-3-5 20:29

 

3月3日 

 

南那珂神青会員6名にて

 

日南市北郷町の忠魂碑の清掃を行いました。

 

御祭神

日清・日露・大東亜戦争の戦没者 318柱

 

お祀りされています。

 

大東亜戦争終結70年の際に

 

参拝、清掃活動を行って以来でしたが

 

忠魂碑周辺まで綺麗に清掃されていました。

 

事前に遺族会に清掃の連絡をしたところ

 

木の剪定をやって欲しいとの依頼があり

 

日頃、あまりやらない剪定を行いました。

 

 

うまく出来たかどうかあまり自信はないのですが

 

朝6時半集合にも拘らず6時過ぎには参加者集合しており

 

誠心誠意ご奉仕しました。

 

いいね! 御守り ~④~

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その他
執筆 : 
sashi 2020-2-25 19:18

今回 ご紹介するのは、

 

生目神社の御守りです。

 

本年度をもって卒会予定の日高会員がご奉仕されています。

 

共に活動は、なかなか出来ませんでしたが、

 

めったいにお会いできないタイプの方です。

 

 

神社由緒

 

生目神社は、宮崎市大字生目にある亀井山と称する丘上に東面して鎮座し、「日向の生目様」と呼ばれる古くから眼病に霊験あらたかな神社との信仰を集める。元亀天正の兵火で資料を焼失し詳かではないが「宇佐大鏡」には天喜四年(1056)に建立されてあったと記されている。昔より眼疾に霊験あらたかなりとして崇敬殊に厚く「日向の生目八幡様」として、広く知られ、九州はもとより、北は北海道、本州から直参祈願される参拝者も多い。 その縁起には種々の説があり、何れを真ともなしえないが 一説には景清公、日向下向に際し居を此地に撰び閉居され生を卒えられた。公の没後、公の活けるが如き霊眼を斉き祀ったこと。 一説には当地は古より霊地として眼疾患者を活かすに不思議に著しき霊験があった。 一説には活目入彦五十狭茅尊(いくめいりひこいさちのみこと)(垂仁天皇)を奉斎した社ともいわれ、御子影行天皇熊襲征伐の途、御父君のご命日に偶々之の地にて御霊祭を営まれたのを住民等が歓迎し聖地として永く奉斎し活目八幡宮と称え奉ったとも伝わる。 明治三年に生目神社と改称、同五年郷社に列し、翌六年には県社に昇格した。

 

 

 

「目出しダルマ」 

               

  努力の芽が出る御利益があります。

頭から穴を覗くと藤原景清公の御姿が見えます。

 

 

 

次回は、都城地区か児湯地区からご案内します。