宮崎神青ブログ - 最新エントリー

 

令和元年11月14日~15日にかけて

 

皇居では 大嘗祭が斎行されます

 

全国の神社においても大嘗祭当日祭が斎行されます

 

会員より最近ブログ更新されてないとの指摘が・・・

 

確かに最近は、社務に没頭し本来の業務を疎かにしてました

 

鵜戸神宮のA君に原稿依頼しようやく出来上がりましたの

 

掲載します

 

ちなみに

 

文章はいただいた原稿そのままですので

 

あしからず

 

 

 

平成31年4月12日に、宮崎県神道青年会創立70周年記念事業の一環として、「ひむかいの塔慰霊祭」を奉仕させていただきました。

 

 まず、「ひむかいの塔」とは、大東和戦争最後の決戦場となった沖縄県にあり、宮崎県出身の将校が最も多く戦没された地域の中心にあたる場所で、本県出身者1,848柱の戦没者を慰めるため、百余の県民の真心と浄財をもって建設し、沖縄以外の各戦場で亡くなられた29,389柱の戦没者も合わせて祀っているとのことです。

 

 4月11日慰霊祭前日 私たちは、宮崎県神道青年会を代表して行くということで、宮崎神青ネクタイ(オレンジ)で統一し、心を整えて、沖縄に向かいました。

 

オレンジのネクタイじゃない方いますが・・・

 

いざ那覇空港に着くと、天気が安定している様子に安堵し、また、空港が宮崎ブーゲンビリア空港よりずいぶんと大きく、そして立派で、大東和戦争終戦からの年月の長さを感じさせてくれました。

 

私たちは、沖縄県護国神社にお参りし、その後、波上宮参拝、沖縄県神社庁に行き、前日習礼を「ひむかいの塔」にて行い、翌日の慰霊祭に備えました。

 

 

 

夜は、沖縄県神社庁の方をはじめ、沖縄県の神職の方々と懇親会を行うこととなりました。当日、急ごしらえの懇親会会場となってしまった沖縄料理の店でしたが、「豆腐よう」「島唄三味線」など沖縄独特の雰囲気を楽しめる店で、大いに話し、たらふく泡盛を呑み、すっかり酔っぱらってしまいました。

 

現在の沖縄を堪能することができました。

4月12日「ひむかいの塔慰霊祭」当日 白衣白袴でホテルロビーに集合し、いざ慰霊祭に向かいました。

 

慰霊祭は国旗・県旗掲揚から降納まで、集中力を切らさずに、斎行しました。

装束を脱ぐときには、日差しもありましたが、斎主をはじめ、全員汗が顔をしたたり落ち、表情には達成感があった様に思います。

 

「おわりに」 前日習礼、はもちろん、ずっと前より段取りを考えてくれていた会長はじめ、金丸会員等のお陰で、滞りなく慰霊祭を斎行することが出来ました。ありがとうございました。

 

また、今回の慰霊祭で完結ではなく、南那珂支部で続けている慰霊碑の清掃等を継続して行い、戦争で日本の国のために戦ってくれた先人の方々を、忘れる事無く日々の生活を送っていけるようにしたいです。

 

 

いいね! 御守り ~➂~

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その他
執筆 : 
sashi 2019-10-14 10:17

 

御守り紹介 第3弾

 

今回ご紹介するするのは、

 

宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸に鎮座する

 

天岩戸神社の御守りです。

 

御守りの依頼をかけてから約3カ月

 

佐藤副会長よりようやく原稿をもらっての投稿・・・

 

先ずは、神社由緒から

 

 

古事記(こじき)、日本書紀(にほんしょき)等に皇祖天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)は御弟素盞鳴尊(すさのおのみこと)を御避け遊ばして暫く天岩戸へ御籠り遊ばされた事を記して居ますが、当神社は其の霊蹟天岩戸を斎ひ奉る神社です。

境内社殿の背後断崖の中腹に御窟あり天照皇大神籠らせ給ひし処と伝へ、古より其の御神域を御神体としてお祭り致して居ります。

社殿は東本宮と天岩戸直拝の西本宮と岩戸川の渓谷を挟み相対して御鎮座ましますが東本宮関係の昌泰)年間の記録に天照皇大神、天岩戸より御出ましの節、思兼神其の御手を取りて東本宮の土地に御造営の御社殿へ御鎮りを願ったと記してあります。

弘仁壬辰三歳中秋には三田井候の遠祖、大神大太惟基公霊夢に恐惶して頽廃せる社殿を再興し深く其神明を崇敬したと申します。

又神社に由縁の舞楽として岩戸神楽三十三番の古雅なる手振を宮司社家代々伝へ氏子達習ひ伝へて祭典に奉奏する外、毎年十一月下旬より二月初旬にかけ、各集落において、民家に〆かざりして終夜舞続け黎明に及びて岩戸開きと称するを舞納むる慣習があります。

住時名士の此の地を訪ふ者も多く寛政の奇士高山彦九郎の参詣紀行あり薩摩の歌人八田知紀礼参し、水戸の烈土井上主人義秀等八名参籠して俳句「落つるには 手もなきものよ 蝸牛」を残して居ます。

又大宝の昔京都神祇宮卜部朝臣参拝の記録あり相当古くより中央に認られて居た事が考えられます。

 

 

 

「天岩戸開きの神話に出てくる手力男命様と天鈿女命様の絵が刺繍された御守りです。  天岩戸が開かれて世の中が明るく平和な世界になったことから、開運のお守りとして授与しております。」

 

御初穂料 700円

 

 

後継者北方領土四島交流訪問事業④

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その他
執筆 : 
sashi 2019-10-1 19:36

鳥〇先輩

 

投稿遅くなり申し訳ございません。

 

心なしか文字数減ってきてるような・・・

 

 

~第四話~ 夕食終了後、親睦を深めるため十九時より懇親会を開催するとの通達があり、一旦各自部屋へと戻り入浴などを済ませる。夕刻甲板にて船に掲げた「日の丸」と夕日のコントラストは絶妙。また浴室には窓があり、そこから見える景色は、遥かに広がる水平線・色丹の島影。なんとも言い難い絶景である。

 

 

 

懇親会場に行くと、隊長の買い込んできた大量のビール。各自持ち寄った酒類。テーブルはどこもかしこも酒・酒・酒である。隊長による乾杯の発声は「酒類は大量に買ってきてありますので、皆さん飲んで親睦を深めましょう。ただし、先日お酒の飲みすぎで問題になった隊員がいましたので、くれぐれもそこだけは気を付けて、、、乾杯!!」

確かに。我々の上陸作戦の前に酩酊になって問題になったとか、ならなかったとか、、、。 就寝時刻の二十一時までという規則で懇親会はスタート。いよいよ明日に迫った上陸のためか、みな気持ちの高ぶりを隠しきれない。同じ班以外の隊員とゆっくり話すいい機会であった。熱き想いを抱きし隊員たち。酒の力は偉大である。最初は同じ班同士の隊員ぐらいで飲んでいたのが、三十分もすれば一つのテーブルを何人もで囲み熱い討論を始める。意見は十人十色。しかし根底にある「四島の帰属返還」ここだけは隊員皆の共通の願いであることは間違いなかった。

懇親会の中で語った元島民・得能宏さんの話は実に印象深かった。 得能さんは数年前、色丹島に住むロシア人より一通の手紙を受けっとった。その中には、昔この島に日本人が住んでいたことを知ったロシア人がこの島に住んでいた方と「友達になりたい」と書かれていたそうである。手紙の主は四十代の男性。得能さんは「友達という歳ではないから、親子の契りを交わそう」と返信した。それから時を経て、得能さんとトマソンさん(手紙の主)は北対協主催の交流事業や手紙を通じ親交を深め、親子の契りを交わしたとのこと。本当の親子にはなれないが二人の心は親子として繋がっている。トマソンさんとその息子は得能さんのことを、「日本のお父さん、日本のおじいちゃん」と呼ぶ。

明日上陸の際には岸壁までトマソンさんとその息子が出迎えに来てくれると、意気揚々と話される。切なくも心温まる話に皆惹かれていった。

酒を注げば二時間なんてあっという間である。二十一時頃には用意されたビールは無くなり、持ち寄った地酒ものこり僅か。隊長の締めの挨拶は「明日の分のビールが無くなりました。まさか無くなるなんて思いもしませんでした」とのこと。今回の隊員は相当飲むらしい。隊長飲みすぎてすみません。 いよいよ上陸の朝。起床時間は五時。(根室より距離もあるので色丹島の時計は七時を指す) 甲板に出ると生憎の曇り空。水平線に浮かぶ朝日を期待したが叶わなかった。上陸に際し身を清めようと浴室に向い禊を行う。(けして飲みすぎで気持ち悪いのを取り除こうとしての朝風呂ではありません。) 朝食を済ませ接岸の時を待つ。

 

 

 

岸壁には明らかに体格の違う迷彩服を着たイカツイロシア人が数人。

同室のA君。「やっぱこの人達強いんですかね~?一発ぶん殴ったらどうなるんですかね~?」 いや、やめて、だめ、絶対やめてね、、、おねがいします。 A君はその昔、〇〇帝国大学と呼ばれた大学に通う青年。しかも超がつくほどいい子なんです。さすがに耳を疑った。

さて、いよいよ接岸を終え、隊員番号順に整列しI教官の点呼のままに上陸していく。 隊員番号15番!!

私はいよいよ念願の色丹島上陸を果たした。

 

五話へ続く

 

※三枚目の写真は、懇切丁寧に島の様子を説明下さる得能さんです。

 

 

39回 大嘗祭奉祝御神田行事 抜穂祭

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活動報告
執筆 : 
sashi 2019-9-14 20:34

前回掲載した野球大会数週間前の出来事

 

局長より電話があった

 

内容は、抜穂祭の日程が大幅に早くなるとのこと・・・

「いつ??」

「9月初旬」

「えっ!!」

「そんなの無理やろ」

「でも田長さんが、はやく刈らないと稲が・・・」

「せめて9月下旬ぐらいで・・」

 

こんなやりとりから始まり

うちの後輩が御神田委員会メンバーになっているため

御神田委員会の様子を聞いてみると

「昨日、会議何時まで??」

「帰宅が午後11時過ぎです・・・」

「えっ!!」

 

今思うと、

日程が決まってから約1か月の間に

野球大会、天下大祓等 神青会の活動もあり

もちろん、奉仕神社での勤務もあるなか

局長を始め御神田委員会、宮崎支部の会員には 大変なご苦労があったことと存じます。

 

改めて感謝申し上げますm(__)m

 

局長が野球大会でエラーを

 

数多したのも日頃の心労からくるものだったのでしょう。

 

 

 刈女の皆様 子供たち

 

 

 

 

それでは 本題です。

 

まだまだ暑い日が続きますが

 

暦の上では

 

   

です

 

令和元年9月9日 

 

宮崎市花ヶ島町において

 

大嘗祭奉祝御神田行事 抜穂祭

 

を斎行しました。

 

縣税(かけぢから)

 

 

神楽奉納(南那珂 日高啓貴会員)

 

 

参列の様子

 

 

奉仕者(右上 期待の女性神職)

 

 

当日は、会長の笑顔のような快晴ではなかったものの

 

神社関係者を始め地元関係者や子供たちも多数参列し

 

厳かな祭典を斎行できました。

 

 

夕刻 宮崎市内にて田長を囲む会

 

今回 田長を引き受けていただいた

 

児玉靜雄様

 

数カ月に亘りありがとうございました

 

 

 

二次会 まさかのボーリング

 

今回、御神田委員長を務めた

緒方委員長

始めて仕事してる姿見れて感動しました

 

ありがとう

 

 

 

 

夏の思い出

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活動報告
執筆 : 
sashi 2019-9-3 20:36

 

「カァーン!!」

 

白球が青空に吸い込まれていく

 

本年もおじさん達による

 

おじさんだけの

 

ひたすら熱い大会が開催された

 

 

決戦は

 

火の国 熊本県

 

日程は、夏の甲子園決勝前日 8月21日

初戦 

長崎県  黒木会長(人生最初で最後の4番サード)の活躍があり

たぶん 13対1 ぐらいで 宮崎県勝利

 

 

準決勝 

福岡県 高校球児8名の相手に

出光局長(初戦温存、年齢を考慮してのショート)の福岡県に対する忖度があり      

0対10 ぐらいで 敗退でした

 

神青会に入って14年経ちましたが、近年は初戦を 突破するのがやっとの状況であります。

入った当初、現出光局長も若く宮崎県3連覇に貢献しておりましたが、現在では 体力の衰えを身に染みて感じいることでしょう・・・

 

 

背中が小さく見える・・・

 

 

夜には ザ・ニューホテル熊本にて懇親会が開催され

 

九州内の同志と今はやりのeスポーツで親睦を深めました

 

 

 

翌日には 「今、我々が成すべきこと」~日本古来の伝統精神に基づくままに~

 

を主題に研修会に参加しました。

第1講  演題「自然が与える惠と畏怖」~熊本地震が我らにもたらしたもの~

講師 熊本県神社庁 副庁長     

青井阿蘇神社 宮司 福川 義文 先生

 

 

第2講 演題 「青年神職 心を一つに」~中今担ふ、我々の成すべきこと~

 

講師 神道青年九州地区協議会顧問    

青島神社 宮司 長友 安隆 先生

 

 

研修会の内容は、長いので出席者が改めて会報に掲載しますので そちらをご確認下さい。

来年は、鹿児島県での開催です。

出来れば卒会するまでに もう一度 優勝したいですね。

 

後継者北方領土四島交流訪問事業➂

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その他
執筆 : 
sashi 2019-8-27 18:36

早くも➂話ですね・・・

 

ちなみに⓾話ぐらいあるそうです。

 

それではどうぞ

 

 

~第三話~

 

根室の朝は早い。日本一早い日の出が見られる場所。六月初旬の日の出時刻が午前三時四十分頃とは想像を絶する。どうせなら朝日を見ようと五時に起床、すかさずホテル内屋上展望台へ直行。まさかの雨・・・。しかも寒い。寒すぎる。

 

朝食会場は七時オープンなので、時間を持て余す。とりあえず小雨なので外を散策してみようとホテル玄関を出ると、Sさんジョギングから帰還。花咲港まで走ってきたとのこと。(先輩、何時に起きて走ったんすか?) ホテル近辺の散策をしていると北方領土返還に関する看板やモニュメントが多い。返還要求運動の先頭に立つ根室の熱き思いに触れる瞬間であった。

併せて標識や看板は日本語、英語、ロシア語で表記されているものも多く、ロシアとの交流も盛んに行われているのだなと実感をした。

 

 

 

六月七日朝八時半、千島会館に集いし六十三名の精鋭はいよいよ出発のときをまつ。二台のバスに乗り込み根室港琴平岸壁へと向かう。狙ったわけではないのだが前席は副隊長である。調査兵団がドラえもんを抱きしめ、声真似で何事かをつぶやいている。気になる。気になる。いや、気にならないわけがない。 「大丈夫ですか?」何度もこの言葉が漏れそうになる。しかし十分ほどの車中ではその問いを口にすることは叶わなかった。

 

根室港琴平岸壁に到着し、隊長による出陣挨拶ののち隊員番号順に乗船となる。鍛えられた隊員はI教官の点呼に大きく短くはっきりと返事し、乗り込んでいく。

 

港には見送りに来てくれた多くの人々。沢山の「いってらっしゃーい」に、隊長の音頭に合わせ「行ってきまーす」と答える。だが、ただ一人だけ「行ってきまーす」がドラえもんの声真似である。しかもスマホにて自撮りしているではないか。意を決し尋ねようとした瞬間、勇気ある青年隊員が「何やってんすか?」我より先に聞いたのである。副隊長すぐさま返答する。「旅するドラえもんという設定で自分のSNSにアップするの!!」。 なるほど。今回は色々な設定がありそうなので、深く考えてはいけないと悟ったわけである。 空港で初めて声真似を聞いた時よりおよそ二十時。そのクオリティは向上している。「練習や努力は嘘をつかない」まさにこのことだと確信した。

 

船は入域検査を行う国後島に向かい進む。それぞれ荷物を手に部屋へ分かれる。四人部屋の船室は広すぎず狭すぎず快適である。部屋を同じくする四人が揃い手身近に挨拶を済ませ、各々荷物を整理し全体集合の船内放送を待つ。メンバーは鹿児島のKさん。三重のH君、福岡のA君。みな人当たりが良く上手くやっていけそうである。 十一時より昼食との船内放送を受け部屋に戻る。食堂兼集会場にてカレーを頂くのだが、これが美味すぎる。おかわりまでしっかりと頂き入域検査に備える。

 

いよい眼前には雄大な自然を誇る国後島が見えてくる。港近辺にはカラフルな建造物が立ち並び、山の麓からは温泉の蒸気らしきものが立ち昇る。

ここで、ロシア側から入域検査担当者が「はしけ」にて近づいてくるので、全隊員に部屋での待機命令が下る。一切部屋から出ることは出来ない。書類審査に費やされた時間およそ一時間半。次に、書類の写真と本人が間違い無いかの確認が始まる。隊員番号順に整列し、確認後そのまま部屋へ戻りまた待機。ロシア側の実効支配を強く感じる瞬間である。

 

入域検査後、食堂兼集会場において事後活動の説明及びロシア語講座が行われる。 今回の通訳同行者は十名。約二時間、言語は勿論、マナーなども学び上陸へ備える。 ロシア語講座の後は、甲板や食堂兼集会場にて隊員との交流を図り夕食を待つ。

 

昼飯喰いすぎで腹へってね~(*_*)

 

 

 

 

四話へつづく

南那珂支部活動

カテゴリ : 
活動報告
執筆 : 
sashi 2019-8-11 18:40

8月9日

宮崎県神道青年会 第21代 野迫会長のお墓に6名でお参りさせていただきました。

 

野迫会長は、平成28年に志半ばでお亡くなりになりました。

 

お参りの後、野迫会長の実家に伺い、また70周年記念式典において 

 

記念表彰を受けられましたので、

 

その感謝状を佐師前会長より野迫会長の お父様にお渡ししました。

 

 

野迫会長のご両親にご挨拶を済ませた後は、

 

日南市南郷町に建立された忠霊塔の清掃を行いました。

 

 

南那珂支部は、宮崎県神道青年会が大東亜戦争終結70年の際に、

 

宮崎県の慰霊碑を1冊の本に纏め発刊しましたが、

 

その年より年に数回各地区の清掃活動を行っています。

 

南郷町忠霊塔碑文

戦火の度に悲しみや苦しみに耐え浸食を忘れ銃後を守り続けた英霊の母、 妻子の像を南郷町遺族会員等の浄財をもって没者を合祀する忠霊塔の一角に 建立しここに改めて不戦の誓いをこめ、英霊の悲願とした世界平和をき求し、 これを伝え永久に不滅の魂魄を鎮め奉らむ。

 

 

 

台風が接近していますが、ご祖先のお墓参りはもちろんのこと

 

地元の慰霊碑、忠霊塔また宮崎県護国神社にもご参拝していただけると

 

現在の日本の礎を築かれたご英霊も喜ばれるのではないでしょうか。

 

 

後継者北方領土四島交流訪問事業

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その他
執筆 : 
sashi 2019-8-1 20:49

続きが気になって早く投稿してとのお声がありました

 

たぶん・・・

 

それではどうぞ!!

 

~第二話~ オイオイ!マジかよっ!!隊長・副隊長揃ってファンキー過ぎっだろっ!

只ならぬ雰囲気の中始まる作戦会議。司会も目立つ。司会を務めるのは北対協(北方領土問題対策協会)からお越しのI教官。出で立ちハンパない。黒系ストライプスーツに黒いシャツ、角度のエグイ眼鏡(サングラスのときはもっと凄い)。足元に目を向けると、脱走者は絶対に逃がさないと主張する黒いスニーカー(エアー入り)。 俺、来るとこ間違ったのか・・・?(I教官、ほんとは優しくて良い人です)

いやいや、ご来賓席には北対協から鈴木茂雄様、根室市より副市長竹本勝哉様がお越しくださり、出陣へ向けて激励の言葉を頂いた。続いていよいよ隊長による結団宣言の挨拶である。

会場内の緊張は極限に近づく。どのような第一声なのか。胸の鼓動は激しさを増す。 「皆さんこんにちは。今回団長を務める、神戸学院大学教授のOです。」淀みなく遥か遠くまで届きそうな爽やかな声。さすが隊長!声通るな~。

隊長はこの作戦計画を練るにあたり、三つの「継ぐ」を意識したとの事である。

①元島民の想いを次世代に②北対協の紡いできた輪を③友情・友好を この三点の「継ぐ」を心に刻み作戦実行に励めよ、との訓示に心を掴まれる。

そして、この色丹島上陸作戦における最大のミッションが明かされることとなる。 その作戦名は、「第4回アニメ・オタク文化青年サミットin色丹」である。

作戦内容としては、副隊長の本業である漫画イラストによる、ちびキャラ・ゆるキャラを駆使し、お互いの心を近づけ、コスプレショーを行うことにより、更に交流を図るというものであった。

この作戦決行の為、隊長・副隊長は自宅から調査兵団の恰好にて出陣したとの事。 そうか、調査兵団の恰好はコスプレだったのか。胸に溜まっていた澱はきれいに流れ落ちる。(但し、ドラえもんの件については未だ謎に包まれたままである)

訓示は続き、領土の返還ももちろん大事であるが先ずは「心の返還」を成し遂げ、その先にある領土の返還、返還後のビジョンを明確にしていかなければならないと仰せになられた。

最後に声高らかに誓いを立てられる。「ここに令和元年度第三回北方四島交流後継者事業訪問団の結団を宣言する」。この瞬間、任務遂行の日を迎えるまで隊長についていく事を心に誓った。

時刻も六時を過ぎ疲れが見え隠れする。朝八時からずっと移動していることに加え、飛行機の乗り継ぎの都合上昼飯も喰えない状況であったため猛烈に腹が鳴る。事務局席まで腹の音が聞こえたのか咄嗟に五分間の休憩が与えられることとなる。(ホントにタイトなスケジュール。でも早く終わらせ晩飯喰いたい。) 五分の休憩の後、いよいよ元島民である得能さんの講演である。

 

 

色丹島出身の得能氏は、十一歳にして占領という悲劇を味わった。四島への帰還を只管に願い返還運動に力を尽くしてこられた。元島民の平均年齢は八十を超え、更には六割の方が他界してしまったのが現状である。元島民の想いは返還の実現するその日まで必ずや繋いでいかなければならないと決意を新たにした。

得能さんは二年連続語り部として宮崎県へ来県しており、今回の再会はおよそ七ヶ月振りである。会うたびに違う話を考えてこられ、夜は一緒に酒を酌み交わす。宮崎県民会議にとって得能さんは返還へのシンボルと言っても過言ではない。北方領土マスコットであるエリカちゃんに勝るとも劣らない人気である。

得能さんには、今回も特別なネタ(話)を頂けるよう宮崎特産のマンゴーという名の賄賂を渡すことにも成功した。ネタの提供は船中で期待できそうである。

諸手続きを終え、時刻は八時を廻り宿舎前で解散。決起集会の隣席であった鹿児島のKさんと杯を交わしていると、電話番号を聞きそびれ別行動となっていたSさんが同じ店に。日本の最北の地・北海道、その東端の根室にてなぜか南九州三人組は集まったのである。

「北の勝」なる日本酒を酌み交わしつつ、根室の夜は更けていく。

 

 


 

三話へ続く

後継者北方領土四島交流訪問事業

カテゴリ : 
その他
執筆 : 
sashi 2019-7-9 17:48

令和元年度 後継者北方領土四島交流訪問事業

 

我らが神青会 鳥原監事が参加されその想いをまとめてくれました。

 

仕方なくご紹介致します。

 

第一話から第三話まであるそうで、今回は第一話のみです。

 

反響がよければ第二話以降もご紹介させていただきます。

 

 

「四島(しま)に渡りて」 ~第一話~

 

四月下旬、猛烈な二日酔いにうなされる朝、北方領土返還要求宮崎県民会議の作戦参謀(事務局長)より入電。恐る恐る出てみると。「急で申し訳ないんだけど、六月六日から色丹島に行ってきて」とのこと。 いや、普通に考えて無理でしょ。一週間も仕事休めんし、作戦実行日まで一ヶ月しか時間ないやん。しかし作戦参謀の命令は、絶対。 所属長に、「すんません。四島に渡る機会が巡ってきたんですけど宜しいでしょうか?」と聞くと、一言「行って来いよ。」こうして、色丹島上陸作戦への参加が決定した。 去る六月六日~十日にかけて、色丹島上陸作戦(正式名称:令和元年度第三回北方四島交流後継者事業)が決行された。この作戦(事業)は次世代を担う青年(概ね四十歳以下)が四島に上陸し、ロシア側島民と文化交流を実行し、島の返還の前に先ずは心と心を繋ぎ、心の返還を成し遂げることを目的としている。 梅雨の晴れ間の六月六日午前八時四分、宮崎空港行の列車に乗り込みいよいよ出陣。乗り込んですぐに異変に気付く。「ヤバッ!!名刺忘れた」。根室で落ち合うまだ見ぬ戦友に渡すために大量に詰め込んだ名刺入れという武器を自宅に忘れてしまう。時すでに遅し・・・。元来内気な性格の私は、どのように戦友たちと挨拶を交わせばいいのか考え途方に暮れることとなる。

 

 

時刻十時、ANA六〇四便に搭乗し羽田へと向かう。羽田空港に到着すると、中標津空港行の搭乗口には大勢の人が出発の時を待つ。この中に戦友がいるはずだと思いながら、ロシア語の勉強に励む。(結局スパシーバ「ありがとう」しか覚えていないのだが) するとそこへ、「進撃の巨人」の調査兵団らしき七名が颯爽と登場。中には、ドラえもんのヌイグルミを手にし、ドラえもんの声真似をしている・・・。ちょっとヤバい団体なのかとおもわず考えてしまう。

 

 

とりあえず、奴らはなんなのだと思いながら絶対に目を合せないよう横を通り抜ける際に確認すると、胸に輝くのは北方四島返還への願いが込められたブラウンリボンと千島桜のバッチではないか。 まさか戦友になるはずはないだろうと思いながら中標津空港に降り立ち、戦友と落ち合う場所である根室行のバスに乗り込む。しかし、このヤバい団体が同乗しているではないか。 気にしても仕方ない。空席を見つけ座ると隣人(Sさん)は行き先を同じくする戦友である。ようやく見つけた戦友は宮崎県都城市出身という奇跡。事前作戦会議の場所であるニ・ホ・ロに到着するまで、お互いの職業の話やこの活動における戦跡を存分に語り合うこととなった。 いよいよ、ニホロにある北海道立北方四島交流センターに到着し、決起集会及び作戦会議(正式名称:結団式・事前研修会)に挑む。 「ヤバい団体」、まさかの一緒。しかもボス的なちょび髭のお方とドラえもん持参のお方は、前列上座に着席(*_*) 作戦会議で初めて知った。この二人、こたびの色丹島上陸作戦の隊長と副隊長・・・。

 

二話へ続く

いいね! 御守り ~②~

カテゴリ : 
その他
執筆 : 
sashi 2019-6-27 17:30

早くも第二弾です。

 

このままのペースだと今後はキツイかな・・・

 

早速、冨田副会長よりメールをいただきましたので、 ご紹介します。

 

今回、ご紹介させていただく御守りは、

 

西都市に鎮座する

延喜式内社 日向國二之宮 都萬神社 の御守りと特殊神事です。

 

 

 

 

 

「御神衣御守(ごしんいおまもり)」   

 

御祭神 木花開耶姫命の御神像に1年間着装していた御神衣を御内符として謹製した御守です。

 

 

 

 

『まさご』 更衣祭恒例の特別授与品

 

 

「特殊神事 更衣祭」について 当社の特殊神事に約五百年前より続いている更衣祭(七月七日に斎行することから七夕祭とも呼ばれる)という日本でも大変珍しいお祭りがございます。天孫瓊瓊杵尊は木花開耶姫命を妻にと思召しになられましたが、天津神と国津神との結婚とのことで、事勝国勝長狭神を仲人に立て婚姻の儀礼を行いました。 そのお嫁入りされる時の古事そのままの姿をおつくりし、晴れの婚礼衣装を木花開耶姫の御神像にお着せ申し白粉や口紅をつけ角隠しの帽子をかぶせ花嫁姿になられる有様を生でじかに行うゆかしい神事で、この神事が我が国婚礼儀礼のハジメであると社伝にあります。当日は午後三時まで全く可愛らしい清らかな姿を御神殿正面に御遷座申し上げその間一般参拝者に拝観が許されます。この日に奉納される白衣の枚数によってその年の豊凶や天候が占われます。  更衣祭前日には高鍋町の堀之内まで浜下りをして、禊を行い、古来より磐座とされる斎場に於いて神事を斎行し、明くる日の祭典に備えております。禊には神職だけでなく、氏子崇敬者をはじめ新盆を迎えられる家庭の方にも参加いただいております。都萬神社では、禊をすることにより、黒不浄の穢を祓い清める意味合いがあるとともに、心身を清めて故人の御霊をお迎えする習慣となっており、新盆を迎えるご家庭の方にご参加いただいております。さらに海岸に流れ着いている黒い石は黒不浄を清めるといわれており、藁で作った藁苞に納め、家庭に持ち帰って頂いております。それをお風呂につけて入ることにより、心身を清める禊の意味合いがあるとされており、各家庭においては御霊をお迎えする盆前にお風呂に入れて頂いたり、家のお清めに飾って頂いたりしております。

 

 

以上、ご紹介でした。

 

自分で言うのもなんですが、この企画は素晴らしいものなる予感が・・・

 

次回のご案内は、県北から紹介する予定です。

 

K君、期待していますよ。